1 [ 40/184 ]

淀む欠片に招かれて *8




 それは本当に、唐突だった。


* * *



「そっちは!?」
「全員避難させた! ハッチも閉じた、問題ない! ――おいっ、なにやってんだ!?」
「くっそ、ジャムった! ナガト、04(ゼロヨン)貸せ!」
「貸せるかバカ! お前一人で突っ込んでどうにかなる相手じゃないだろ!」

 間髪入れないナガトの怒声が耳に痛い。弾詰まりを起こした薬銃はそのまま彼にもぎ取られた。素早い動作で詰まりを直し、息をつく暇もなく引き金を引く。
 鳴り響く警告音に嫌な汗が吹き出す。どう、と倒れた人影に、ようやっと足が止まった。背中合わせに立ち尽くす。薬銃を返され、あまりのふがいなさに死にたくなった。
 未だに携帯端末は警告音を響かせ続ける。通信機からも、同様の警報が延々と鳴り響いている。画面には赤と白に明滅する点が複数表示されていた。感染者の存在を知らせる警告だ。

 あまりにも突然だった。ハインケルの見張りも兼ねて臨時研究所にいたアカギとナガトは、突如響き渡った警告音に弾けるようにして端末を確認した。艦内の誰もが身体を強ばらせたのが分かった。ミーティアがヒールを鳴らして指示を飛ばす。まもなく、二人が持つ端末と同じ画面が室内の大スクリーンに映し出された。

 ――なんだ、これは。

 その場にいた全員が息を飲んだ。そして、次の瞬間に二人は駆け出していた。それと同時にミーティアが通信機に向かって叫ぶ。「全職員に告ぐ! 至急艦内に待避せよ! 繰り返す! 艦付近で作業中の職員は全員、艦内に待避せよ!」それを追うように艦内に警報が鳴り、何事かと不安顔の研究員達が廊下を埋めた。
 先に外に飛び出したのはアカギだ。無線で状況を知らされたのか、パニック状態で艦に戻ろうとする研究員をさばくのはナガトの役目だった。端末を確認する。急接近してきている点は二つ。その後ろには、五つ以上の点が明滅している。
 ――そしてそのどれもが、臨時研究所であるこの艦にまっすぐに向かってきていた。
 第一波である感染者の襲来はなんとか乗り越えた。おそらくレベルCあたりだろう。普段携帯している薬銃のみで鎮圧できたところを見る限り、完全寄生にまでは至っていないようだ。
 どくどくと心臓がうるさい。緑防大を出た幹部候補生といえど、二人はまだ新米の域を出ない。例えるなら研修医だ。水準を満たすだけの知識はある。技術もある。しかし、経験はまだ足りない。
 ここに艦長達がいれば別だった。指導者がいれば経験不足は補える。若いエネルギーを有効に利用できる。しかしこの場にいる戦闘員は、アカギとナガトの二名だけだ。研究所内の指示はミーティアに任せておけば大丈夫だろう。そんな確信があった。
 ひとまず、自分達はこの艦を防衛しなくてはならない。通常、集団行動をとることがない感染者達がどうして集団でこちらに向かってきているのか――などということを考えるのは、ハインケルやミーティアに任せることにした。

「ナガト、艦長に連絡ついたか?」
「いいや、応答なし。スズヤ二尉も駄目だ。他も繋がらない」
「どうすんだよ、これ。レベルC以上を五人も一気に相手とかやったことねェぞ」

 訓練はそれこそ血を吐くほど行っているが、実際の感染者を相手にした訓練は倫理的な問題もあってそう頻繁には行えない。それはもう訓練ではなく実践だ。今までの経験上、二人以上を同時に相手にしたことなどない。以前に上官が零していた言葉を思い出した。「集団感染したとこにあたったんだがな、そりゃあもう、地獄だったぞ」隊員側に感染者や殉職者が大量に出た事件だったと聞く。
 同じことを考えていたのか、ナガトの顔もどこか強ばっている。幸いアカギ達の艦はすぐ近くだ。装備を新たにし、自分達が経験したことのない地獄の欠片と対峙するべく呼吸を整えた。



[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -