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「そして、最後がレベルS。……完全寄生状態。もう理性なんか残ってない。脳のすべてが冒されてる。攻撃行動も寄生行動も激しいし、感染を広める恐れがあるし……、どんな治療も不可能。なにをしても手遅れのレベル――つまりは、殺処分対象だ」
「殺処分……」

 ナガトは冷えきった人形のような顔をしていた。
 殺すしかない、だなんて。あまりにも酷すぎる。相手は人間なのに。それでは差別に繋がるのではないだろうか。
 苦い思いを黙って噛み締める穂香とは違い、奏は思ったことを素直に口に出していた。「それはほんまに殺すしかないん?」「他の手段は?」どの質問にもナガトは簡潔に、しかし分かりやすく答える。冷淡とも思える回答だったが、奏はそれをしっかりと飲み下したらしい。

「……しゃーないとは思われへんけど。そういう状況があるっていうんは分かった。説明ありがと」
「どういたしまして。なんていうか、きみはスポンジみたいだね」
「なにそれ、頭スッカスカやって言いたいん?」
「違うよ。なんでも一度は素直に吸収するねってこと。嫌いじゃないよ、そういうの」
「あんたに好かれてもなんのメリットもなさそうやから、なーんも嬉しないわ」

 奏に対する言葉がそのまま穂香に向けられた皮肉のように聞こえて、思わず肩が跳ねた。
 今までずっと、素直でいい子と言われ続けたのは穂香の方だ。だが実際、穂香はいつだって素直ではなかった。心中ではぐるぐると様々な感情が渦巻き、どれを表にすればいいのか迷っている間に勝手に頭が頷いているだけだ。他人にとって都合のよい素直な穂香と、自分に素直な奏。付き合いの短いナガトにそれを見抜かれたような気がして、急に座りが悪くなる。
 またしても悪い方向に転がりかけた思考回路を止めるように、その場に電子音が鳴り響いた。音の発生源はナガトのポケットだ。

「――っと。そろそろ帰ってこいって言われた。それじゃ、また来るね。いつも言ってるけど、なにかあれば連絡して」
「できればそんな連絡したないけどな。そんじゃおやすみー」
「ははっ、確かに。おやすみ、奏。ほのちゃんも、おやすみ」
「あ、おやすみなさい……!」

 ひらりと手を振って窓の外に半身を投げ出したナガトが、飛行樹を広げて夜空に飛び立っていく。大きな鳥にでもぶら下がっているような様子を見送り、隣の奏が心底羨ましそうに「あたしもあれ乗りたいわあ」と呟いた。


* * *



 今日奏達の様子を見に行くのは、アカギの担当だった。護衛という名目でハインケルの監視役を担うのはナガトだ。びくつきながらもハインケルは手際よく装置をいじり、顕微鏡を覗いては手元の紙になにかを書き込んでいく。後ろからちらっと覗き見たが、正直言ってなにを書いているのかまったく理解できなかった。まるで呪文だ。
 薄暗い室内を右から左、左から右へとちょこまか動き回る彼は、見た目はどこからどう見ても子供だ。整えればそれこそ天使のような風貌だろうに、柔らかな金髪は櫛を通さないせいでぼさぼさのまま放置され、まるで鳥の巣のようだ。くたくたの白衣にはあちこちに得体の知れないシミがついている。ナガトやアカギを前にしたときの彼は、それこそ人見知りの激しい子供のようにびくついて頼りなく目を泳がせているというのに、植物を前にしたときの目は爛々と輝いていた。
 これが学者か。自分とはまったく異なった生き物のように思える。相手も少なからずそう感じているのだろう。

「あれ? え、なんで? おかしいな、なんでこんな……」
「どうかしたんですか?」
「あっ……、ああ、ここ、なんですけど。これは汚染されていない植物のはずなのに、白の植物に特有のブラン結合が起こってる。でもこの植物に白色化は見られていないし……なんでだろう、内側だけの変化なのか? だとしたらこのプレートで白の植物が新たに形態を変えている……?」

 説明というより、それは独り言だった。ブラン結合とはなんだろうかと脳内辞書を開いてみるナガトを置いて、ハインケルは次々に装置を動かしていく。結局ブラン結合とはなんたるか分からぬまま、ナガトの思考は中断されることになった。自動扉が開く。部屋に入ってきたのは、どこかげっそりとしたアカギだ。


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