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「それにしても、なんでここ?」
「閉園後のテーマパークに忍び込んで貸切状態って最高じゃない? それに、女の子はみんな観覧車って好きでしょ」
「……なんかそれムカつく」
「うん」

 どうしてここで嬉しそうに笑う。
 理解できず、奏は舌打ちして夜景を睨んだ。
 確かに、観覧車は嫌いじゃない。小さい頃連れて行ってもらった遊園地では、必ず乗っていた覚えがある。大きくなってからはもう随分と縁遠くなっていたけれど、海沿いの水族館に隣接された大観覧車には興味があった。ここの水族館には何度か来たことがあるが、観覧車には乗ったことがない。
 この先の人生で閉園後のテーマパークに踏み入れることはあったとしても、もう二度と観覧車の屋根の上に乗ることはないだろう。そう考えると、怒りも吹き飛んで笑いそうだった。
 観覧車の天辺。僅かな丸みを帯びた屋根の上に、二人は立っている。あまりの高さに足が竦むが、大きな不安はなかった。

「ほの達、今頃どこ行ってんのかなぁ」
「アカギのことだから、そこら辺のビルの屋上とか選んでそうでヤダ」
「うわ、ありえそう……。ほのもほので、どこ行きたいとか聞かれてもリクエストせんやろしなぁ。どこでもいいです、とか言ってさぁ」
「確かに。でもほのちゃん、ほんと変わったよね」

 以前の穂香なら、奏に怒鳴ることなんて考えられなかった。自分の意思を強く主張することもなかっただろう。
 その変化を嬉しく思う。

「それがあんたらの影響ってのが、ちょっと悔しいけどな」
「あれ、俺も含まれてるんだ?」
「当たり前やろ」

 笑顔で見つめられているのは分かったが、奏にはそちらを見ることができなかった。夜景に夢中になっているふりをして会話を続ける。
 彼らは突然やって来た。最初は、頭のおかしい連中だと思っていた。次第におかしくなっていったのは環境の方で、気がつけばこんなことになっていた。
 やって来たのだから「帰る」のだと、どうして今まで考えなかったのだろう。言われるまで気がつかなかった。繋いだ手は、もう明日からいなくなる。
 彼らが来たことによって、奏の日常は壊された。飛来した非現実に翻弄される日々が終わり、やっと日常に戻る。ただそれだけのことなのに。
 始まりのあの日、確かにそれを強く望んだはずなのに。
 穏やかな日常が訪れることが、今は少しだけ怖い。

「向こうに帰ったら、どうすんの?」
「どうだろう。とりあえずしばらくは謹慎かなー」
「謹慎? なんで?」
「言ったでしょ? 俺ら、命令違反でこっち来たの。ヒュウガ艦長いわく、まあいろいろあって無断空渡には目を瞑ってくれるらしいんだけど、さすがにお咎めなしってわけにはいかないからね。逆に、謹慎で済むなんて軽すぎて申し訳ないくらい」
「ふうん。……また、こっちには来れるん?」

 絡む指先に、力が籠もった。

「来てほしい?」
「はあ?」
「奏、俺に会えないと寂しいんだ?」
「自惚れんな、調子乗んな! トラブルメーカーがおらんくなって清々するわ!」
「そ? それは残念」

 鼻歌でも歌いそうな軽さで言って、ナガトはその場に屈んだ。手は繋いだままだ。奏も中途半端に腰を曲げるはめになり、その高さに恐怖を思い出す。
 そんな奏に構うことなくナガトは手を動かし、一瞬で奏を抱きかかえると、ひょいっとその場から飛び降りた。

「ひっ……!」
「よっと。そろそろ寒いからね、中に、」
「あ、あああ、あほっ! なにすんねん、死ぬかと思ったやろ!?」
「バカだね。俺、これくらいどうってことないんですけど」

 外側から開けられた扉に滑り込んだのだが、聞かされていたのならまだしも、予告なく飛び降りられては溜まったものではない。腰が抜けて立てない奏をけらけらと笑い、何事もなかったかのようにナガトは扉を閉めた。
 明かりもついていないゴンドラは、急に飛び込んできた来客に驚いたのか大きく揺れている。天辺で止まっていたゴンドラは、ちゃんと床があって安心した。言うまでもなくすべてのゴンドラに床はあるが、中にはいくつか側面床面ともにクリアタイプのものがあるのだ。
 大きく深呼吸を繰り返してみたけれど、それでもまだ心臓は激しく血液を吐き出している。笑う膝はしばらく使い物になりそうにないが、冷たい床に座っているのはつらかった。なんとか座席に這い上がろうとして、後ろから脇に手を差し込まれて助け起こされる。
 こんな状態にしたのはナガトのくせに。
散々文句を言ってやろうと振り向きかけた奏は、そのまま強く抱き締められて息を飲んだ。
 収まりかけていたゴンドラの揺れが、一際大きくなる。

「ちょ、ちょっと! 急になんなんよっ、あんたほんまに強引やな!」
「奏の方が強引だよ」

 先ほどとは一変した声音に、直接心臓を掴まれたような衝撃を受けた。恐怖とは別に、さらに鼓動が早くなる。
 回された腕は、縋るように奏をきつく抱き締める。

「いつもそうだった。俺の言うことなんか聞きやしない。無茶ばっかりして、そのたびにハラハラさせられて。俺がハゲたらきみのせいだ」
「はあ……?」
「きみは本当に、……ずるい」
「ひゃっ……!」

 囁きとともに、首筋に柔らかな熱を感じた。うなじから耳の付け根に至るまで、何度も何度もそれは押し当てられる。そのたびに熱い吐息を感じ、全身が震えた。


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