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「なんてゆーか、ほんっと化物じみてるよね、ハルちゃんは。――追うよ、アカギ、ナガト」
スズヤに促されるまま、アカギ達はハルナを追ってひた走った。
彼はやや拓けた場所を目指しているのだろう。その方が見通しがよく、援護するこちらとしても戦いやすい。
襲い来る「白」は、次第に数を増していた。観光とは縁遠そうなこの山にいったいどれだけの人がいたのかと聞きたくなるほど、感染者の数も増加の一途を辿っている。おそらく町の感染者が流れてきているのだろうが、それほどまでに強い影響力を持つ穂香の存在に、噛み締めた奥歯が痛みを訴えた。
親はまだか。さっさと見つけてその核さえ破壊してしまえば、あとはもう簡単だ。親の核を破壊できれば、その影響を受けた子も枯れる。
早く、早く。空中から薬弾をばら撒くハルナの姿を、睨むように追いかける。
どれほど離れていても、ハルナが頭から煙を吐かんばかりの怒りに塗れているのは見て取れた。大の男ですら一瞬怯んでしまうような気迫が今の彼には溢れている。
鬼気迫るものを感じつつ敵を蹴散らしていたアカギの耳に、前触れもなく女の声が割り込んできた。インカムから流れてきたそれは、あの女室長のものだ。
いつもはどこかからかいの色を帯びているそれは、今回ばかりは異様なまでに硬い。
『時間がないから、単刀直入に申し上げますわ。――親が出てきたら、一度穂香に寄生させなさい』
槍で頭から足の先まで串刺しにされたかのような衝撃に、アカギは声を出すこともできなかった。代わりに「はあ!?」と叫んだのはナガトだ。
『核を完全破壊するにはそれしかないの。リミットは一時間よ。いいこと? 一時間以内なら、寄生されても穂香は無事でいられる。ご存知よね? 寄生個所は胸部――、つまり心臓。寄生後は、銃でのアプローチは十分に距離を取りなさい。……最もベストな方法は、至近距離からの直接破壊だけれど。それは最終手段として考えておきなさいな』
至近距離から胸部に薬弾を撃ち込めばそれがどうなるかだなんて、軍人でなくとも知っている。
寄生された人間に対して使用する銃器は、低レベル感染者に対する薬銃とは訳が違う。たとえ薬弾でも、生身の人間に対して殺傷力を持つものだ。核を破壊するには、生半な力では敵わない。
ミーティアがなにを言っているのか、理解することを頭が拒否していた。目の前が赤く染まる。それが怒りのせいだと気づいたのは、切羽詰まった声で「大丈夫か?」とナガトに腕を掴まれたときだ。どうやら、よほど自分は余裕のない顔をしているらしい。
ミーティアの声はまだ続いていた。寄生前の親に手を出すのはあまりにもリスクが高く、穂香をより危険な目に遭わせるのだと、硬い声はそう語った。
「人体寄生たぁ……。あいつがキレんのも無理ねぇわな」
「知らないわけでもないってのに、カガ艦長も人でなしっていうかなんていうか」
苦々しい顔でそう零した二人の上官は、声を荒げないアカギを訝りつつもハルナを追う足を止めなかった。
頭が真っ白になるとはよく言ったものだ。人間、衝撃が強すぎると、他の感情を差し置いて無が訪れるらしい。断ち切られた思考の糸は、ものを考える代わりに機械的に身体を動かした。
無線の内容に、誰もが驚き動揺を隠せないようでいる。当然だ。わざと人体寄生を促した上での破壊だなんて、あまりにも人道に欠いた作戦だ。
「この国を救うためには仕方がない」だなんて、そんな風に割り切れる奴が信じられない。――もしも自分が彼女と知り合っていなかったら、どうだったろう。
「アカギ、大丈夫だって。ほのちゃんは絶対助かる。ハルナ二尉があんなに近くで守ってる、俺らもすぐに追いつく。それに、一時間もあるんだ。大丈夫に決まってる」
ナガトの慰めを聞きながら、アカギは走り寄ってきた感染者の側頭部を銃底で殴りつけ、全力で蹴り倒して地面に転がした。思考がまとまらない。言葉はあちこちさ迷い歩き、結局迷子になって喉から出てこないのだ。
ようやっと下降したハルナが飛行樹を畳んだその場所は、見晴らしもよく、全方向を見通せる絶好のフィールドだった。追いついたとはいえ、距離はある。怯える穂香を、ハルナが背に庇うのが見えた。
鮮やかな手並みで雑魚を沈めるハルナの瞳は、遠目に見ても冷たく鋭い。フォローのために接近しようと地を蹴った瞬間、けたたましいアラート音が鼓膜を劈いた。
「来たか!?」「近いぞ! 目視確認急げ!」「総員構え!」
「判定、レベルD以上!」「確認まだか!」
ファンファーレよろしく次々と放たれる怒号を嘲笑うかのごとく、アラートは激しく鳴り響く。
この状況だ。レベルD感染者でなければわざわざ鳴らないよう、すべての端末を設定し直している。それがここまで吠え立てる。その意味を瞬時に理解できない者はここにはいない。
表示された点は、ゆっくりと、けれど確実にアカギ達――正確には穂香の元へと近づいてくる。十二時の方向だ。ちょうど、穂香達を挟んだ向こう側からの進撃だった。ハルナも警戒を露わに銃を構えている。
だが、どれほどスコープを覗いたところで、白の植物の姿は見つけられずにいた。刻々と距離が狭まっていく。
これほど強い信号を発している相手ならば、猫やネズミといった類のものではない。仮に小動物の感染だとしても、この距離ならば見えなければおかしい。
ようやっと声が届く距離まで近づいたそのとき、不吉な点が穂香達にぴたりと重なった。
「穂香ァ!」
「アカギさっ――」
ぼこり、と、地面が隆起した。
一瞬だ。上空からの攻撃を警戒していたハルナのすぐ足元で、それは蠢いた。刹那、ゆうにアカギの胴体ほどはあろうかと思う根が地面から飛び出し、凄まじい速さと勢いでハルナの胴を薙ぎ払ったのだ。
恐ろしいまでの反射神経でハルナが放った弾丸は、根を軽く掠めただけで虚しく地面を穿っている。