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「艦長! 先ほどの無線、あれはいったいどういうことですか! 民間人を囮にする!? なにをふざけたことをっ」
「おう、おっかえり、ハルナー。研究所内の様子はどうだったよ?」
「誤魔化さんでください、艦長!」
「ハールーナ。報告はどうした? さっさとしろー」

 ハルナがどれほど烈火のごとく怒ろうと、カガは柳のようにそれを受け流す。カガ隊ではさほど珍しくはない光景とはいえ、今回のハルナの怒りは尋常ではなかった。その視線だけで人を殺せそうなほど物騒な形相の軍人に詰め寄られ、ほけほけと笑っていられる人間はそうはいない。
 「報告しろー」笑顔で繰り返すカガに、ハルナは重たい溜息を吐いて拳を机に打ち付けた。タクティカルベストに入れ込んだ弾薬が、一緒になって重たく喚く。

「……該当研究所内の研究員、防衛員共に保護完了。負傷者は現在治療中です。また、感染の疑いがある者に関しては現在検査中、低レベル感染者は投薬によって休眠状態にしたのち隔離。高レベル感染者は、我々の判断で殺処分しました」
「ドルニエ博士はどうしたー?」
「それが、我々が温室に乗り込んだ際にはすでに死亡していました」

 その苦い響きに、カガの傍らで怯えるように身を縮めていたハインケルが顔を上げた。長い前髪の隙間から、鮮やかな青い瞳が覗く。「死んでた?」ミーティアも怪訝そうに眉根を寄せている。
 ――ハルナ班が燃え盛る温室に到着した際、そこには血だまりの中に伏すドルニエと防衛員達の姿があった。ドルニエは右手に拳銃を握り、こめかみに銃創を残していた。弾は貫通し、争った形跡も特にない。状況だけを見れば、自殺と見て間違いがない。他の防衛員も同様の状態だった。
 計画の失敗を悟り自殺を図ったと考えるのが妥当だろう。炎が暴れ狂うそこは長時間の滞在を許さず、ドルニエの遺体を回収するだけで精一杯だった。ろくな調査もできていないが、それでも目の前に転がった事実には説明のしようがない違和感があった。
 証拠などない。――けれど。

「個人的な憶測になりますが、……他殺かと」
「カクタス側の仕業か、それともテールベルト側に消されたか。どっちだろうね」

 難しい顔をしてハインケルは言うが、その声に悲哀は含まれていない。身内を失った悲しみより、人の命を動かす国のあり方に怯えているように見えた。得も言われぬ怖気が走る。
 ひやりとしたものを振り払うように、ハルナは強くかぶりを振った。どれほど考えたところで、真実は闇の中だ。今はそれよりも、眼前に迫った事象を問い質さねばならない。

「報告は以上です。――艦長、ご説明を。先ほどのあれはなんですか! ヒュウガ一佐とあの二人はどこへ?」
「まあまあ、落ち着けってハルナ。あいつらなら、奥に――おっ、噂をすれば戻ってきたな! ヒュウガ〜、ハルナめっちゃくそ怒ってんだけど。お前から説明してやってくれよぉ」

 奥の扉から、蒼白い顔の穂香と、その肩を支える奏が戻ってきた。彼女達を先導してきたヒュウガが、泣きつくカガにこれ以上はないほど嫌そうな顔を向けている。「ふざけんな、自分でしろ」吐き捨てるような声に、カガは叱られた子どものように首を竦めた。
 今一度彼女達にまじまじと向き合ってみたが、どちらが囮になろうとその任務に向かないことは誰が見ても明らかだ。あんな場所に送り込むには知識も体力も、まるで足りていない。
 みすみす犠牲者を増やしてたまるか。そう吠えるハルナの鼻先でカガはひらひらと手を振り、たったそれだけで言葉を奪い取った。

「あんまオッチャン責めんなよ〜。だって俺が決めたんじゃねーもん」
「艦長!」
「決めたのはそこの嬢ちゃん、そんで提案はハインケル博士だ。……いいか、ハルナ。このままじゃどうなるか、お前にだって分かんだろ。銃弾は無限じゃねぇ。兵士だって疲弊する。だが白の植物はどうだ? この地域にゃ腐るほど植物がある。人もいる。時間をかけた分だけ被害は拡大する。違うか?」
「……違いません。しかし!」
「テールベルトを支える天才博士の提案だ。その上、それを任されたのはカガ隊並びにヒュウガ隊だな。ついでにオマケでソウヤもいる。――“俺達ならできる”。これはどうだ、違うか?」

 握り締めた拳が、ぎり、と鳴いた。
 これはあまりにもずるい。この人は、きっとどうかしている。
 無茶と無謀を両手に掴んで振り回すことで有名なカガだが、それにしたってこれは酷すぎる。いくらなんでも「はいそうですか」と甘受できる内容ではない。
 それなのに、少年ような、けれど不動の岩のようにどっしりと構える揺るがない瞳に見据えられ、「俺達ならできる」と断言されては否定しきれない。
 この状況下で、たった一人を守りきれないのかと聞かれれば、答えは否だ。どれほど過酷だろうと、カガ隊の面々が揃っていれば少女一人を守ることは可能だ。その実力はあると自負している。
 だが、守ることと囮にすることは訳が違う。

「しかし俺は反対です!」
「そんなこと言ったって、もう薬打っちまったもんなぁ。おーい、ヒュウガ。あいつらに連絡〜」

 こめかみを揉み解しながら、ヒュウガが無線機を手に取った。「全隊員に告ぐ。六十秒後、Gr-1eより、“希望の種”が出る。全面フォローだ、枯らすなよ!」疲れを滲ませているが、それでも力強い声だった。
 ヒュウガも受諾しているのか。そう思った瞬間、膝から力が抜けそうになった。
 穂香に視線を投げれば、途端に彼女は怯えて身体を震わせる。これしきの眼光に怯むような少女が、どうして自らあの中に飛び込むと言えたのだろう。

「よーしハルナ、お前が穂香を連れて外に出ろ。艦長命令ってやつだ!」

 がははっ、と大口を開けて笑うカガに、ハルナは唇を震わせただけでなにも言わずに背を向けた。怯える穂香の手を取ってハッチへと促す。
 細い腕だ。無理やり掴んで引っ張れば、それこそ肩から引っこ抜けてしまいそうなほどに。
 カウントが三十秒を切った折、無言を貫いていたハルナの背に、間延びしたカガの声が投げられた。


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