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「わたしね、お姫様なの」
「はぁ?」
「いらないなんて言われたら、やんなっちゃうわよねぇ」
「ちょっと待ってマミヤ、順番に説明してよ。知ってるでしょ、あたし馬鹿だから、ちゃんと説明してくれないと分かんない」
自慢じゃないが気も長い方ではない。
「知ってるわぁ」と笑ったマミヤは、順を追って一つずつ説明してくれた。ナガト達が空渡した折、上層部の対応を訝ってずっと調べていたこと。ヒュウガ隊を巻き込んだ、恐ろしい計画が立てられていること。それを知ったマミヤは、つい先日までシックザールの病院に監禁されていたこと。そこから抜け出せたのは、王宮からの迎えが来てくれたかららしい。
ソウヤに協力を仰ぎ、王族専用艦を出してヒュウガ隊に彼らの救出に向かわせたとマミヤは言った。空渡を確認したから、ここに戻ってきたのだと。
「あんた、そんなことしたら……」
「わーかーってーるーう。だーいもんだい、でしょお? だからねぇ、首ならいくらでもくれてやるって言ってきてやったわぁ。除隊願いも提出済み。まぁ、そっちは明日届く予定なんだけど」
「明日って、なんで?」
「空軍が私的に王族を動かしたって言われたくないけど、その逆も嫌なのよぉ。気休めにしかならないけれど、なんにもしないよりはマシだわぁ」
マミヤの行動時、すでに除隊願いが出されていたから本人は空軍の人間ではないと言い張れる。だがそれが受理されていない限り、王族の勝手とも断定できない。そういうことだろうか。その辺りの駆け引きめいたことはチトセには理解できない。マミヤもそれは分かっているのか、チトセが眉を寄せても優しく笑うだけだった。
入隊して以来、ずっと寝食を共にしてきた友達が、実は本物のお姫様だったなんて。どこの漫画かと、誰とはなしに聞いてみたくなった。
「あんた、なんで今までそのこと黙ってたのよ。直系だとかそんなの、全然、」
知らなかった。そう言おうとしたチトセの手首を、突然マミヤが強く掴んできた。肩に乗っていた頭が離れる。ぎりりと強く睨み据えられ、初めて見るその表情に息を呑んだ。
「勘違いしないで。わたしは、一度だってあんたを騙したことなんかない。このことで嘘をついたことなんか一度もないわ」
硬質な声に、鋭い眼光。
けれど、伝わってくるのはなぜか「不安」だった。勘違いしないで。その言葉は紛れもない本心だ。怒っているように見えるが、これは違う。――懇願だ。自分に正直なくせに、いつも肝心な部分は晒さないマミヤの、素直じゃないお願いだ。
大丈夫、分かってる。たとえあんたが嘘をついてたとしても、騙してたんだとしても、こんなことくらいじゃ嫌いにならない。そんなことも分からないの? ――そう言ったらマミヤはきっと調子に乗るだろうから、チトセは「そっか」とだけ応えて、手首を掴んできた手をそっと振り払った。そんなことも分かってくれない薄情な友達への、ちょっとした意地悪だ。
途端に睨みつけてくるマミヤの手を、今度は自分からそっと握ってやる。もちろん、怪我をしていない右手の方だ。
「ねえ、でもマミヤ、今の緑王って子どもはいないんじゃなかった? だから後継ぎがいなくて問題視されてるって。それくらいあたしでも知ってるわよ」
「そーねぇ、書類上は確かにそうなってるわぁ。紙の上では、わたしはちゃーんと傍系の人間だもの。でもね、この血はそうとは認めてくれないの」
手を繋いだまま、マミヤはベッドに寝転がった。包帯を巻いた左手が、彼女の目元を隠す。
「父は正真正銘、現緑王よぉ。それで、母は現緑王のハトコなの。困ったことに、どっちも結婚してたにもかかわらずわたしをつくっちゃったのよねぇ。二人とも不倫してたのよー。そんな醜聞、世間サマには晒せないでしょう? だから、わたしはそのまま、母方の家の子として処理されたってわけ」
「処理って、そんな言い方」
「あら、気に障った? でもずぅっとそー言われ続けたんだもの、しょーがないじゃなぁい。でもね、わたしが緑王の実子だって、王家は認めてるのよぉ? いざというときのだーいじな肥料だもの、トーゼンよねぇ」
口紅も塗っていないのにみずみずしく色づく唇の端が、きゅうと持ち上がっている。
笑うのか。こんなときでも。
なんと声をかけていいのか分からず、チトセは鈍い頭を必死に働かせて話題を探した。なにか、なにかないか。マミヤが無理に笑わなくて済む話題は、なにか。
「ね、ねえ、マミヤ。あんた、なんで空軍に入隊しようと思ったのよ」
「んー、陸でも空でも、別にどっちでもよかったのよねぇ。でもせっかくなら、他プレートの様子も見たいじゃない? どーせ戦闘員になるつもりはなかったもの。だから、より他プレートに近い空軍に決めたのよぉ」
「他プレートの様子が見たいから、入隊したの?」
「たぶんそーう」
くすくす笑いながら、マミヤはチトセの膝に頭を乗せてきた。彼女はじゃれるのが好きだ。なんだかんだでいつもくっついてきて、撫でろと言わんばかりにちらりと見上げてくる。一度も撫でろと言われたことはないけれど、撫でてやれば嬉しそうに表情が綻ぶのだから、そういうことなのだと思う。
だからいつものように、チトセはさらさらの髪を撫でてやった。