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一人きりの部屋は、思っていた以上に広かった。
戦闘職種のチトセと非戦闘職種のマミヤでは、大抵の場合においてマミヤの方が先に戻っている。訓練でへとへとになって帰ってきたチトセを、部屋着に着替えたマミヤがテレビを見て寛ぎながら迎えるのも、よくある日常の一つだった。
けれどしんと静まり返った部屋は、テレビどころか電気すらついていない。チトセが先に戻ってくる日だって確かにあったけれど、あのときはこんな寂寥感なんて覚えやしなかった。
あの子は今頃どうしているのだろう。大変な状況にいるのは分かっている。キッカもそう言っていた。そんな中で、自分は友達の安否一つ確認できないのだろうか。冷え切った部屋に一歩足を踏み入れた途端、悔しさが込み上げてきた。
あの子が失恋したときや嫌なことがあったときは、小さな子どもみたいに喚きながら部屋の扉を乱暴に開け放ち、雪崩れ込むように部屋に飛び込んできた。
けれど、そうか。今になって気づく。あの子は、心のずっと奥の方に傷を負ったとき、静かに一人で膝を抱えていたのだ。そんなことにも気づけなかっただなんて。悔しさに、チトセは拳を握り締めた。
いつまでも立ち止まっていたところで仕方がない。暖房を入れ、静寂を誤魔化すテレビをつけて、ひとまず床に腰を落ち着けた。
せめて無事でいてくれたら。そうしてまた、あの扉を突き破るように開けてくれたら。
テレビを見る気にもなれず、風呂を済ませたチトセは早々にベッドに潜り込み、眠りについた。悩み事があると寝付けない体質だったが、訓練で疲れ切っていた身体は容易く睡魔を連れてきた。
そうして引きずり込まれた眠りの世界を打ち壊したのは、銃撃でもあったのかと思うような騒音だった。
「チトセぇ!」
「えっ、なに!? って、ぐはっ!!」
「え、やだなにこれ寒いし暗いじゃない。ちょっとぉ、なんで暖房つけてないのよぅ。あっ、ホットカーペットも入ってない! なにやってんのぉ?」
「ちょ、まっ、はぁ!? マミヤ!?」
「耳元で叫ばないでよ、うるさいわねぇ」
バァンッと、それこそ扉を突き破らんばかりに部屋に飛び込み、チトセの呼吸を止める勢いでベッドに身体を投げ入れてきたのは、他でもないマミヤその人だった。髪から香るシャンプーの香りこそいつもの香りとは違ったが、その声も、理不尽極まりない文句も、どう考えてもマミヤのものだ。
無理やり叩き起こされた頭は想定外の事態についていけないでいる。
開いた扉の向こうに、女子寮だというのに体格のいい男の姿が見えてさらに混乱した。かっちりとスーツに身を包んだ彼らはチトセを見るなり軽く会釈して、どこか洗練された動作で外から扉を閉める。ご丁寧にも、部屋の電気をつけてくれた。
なんだこれ。なにがどうなっているんだ。
寝ぼけ眼に映ったのは、嫌味なほど整った顔だった。
「ちょ、ちょっと、ねえ、マミヤ、あんたほんっとにマミヤ!?」
「そーよぉ。なに、どうしたの。頭以外に目も悪くなっちゃったの?」
「うん、あんた間違いなくマミヤだわ。つか、え、なに、どういうこと? あんたなんでここに? つか今何時だと思って、いや、そんなことより外の男達は誰なわけ?」
「あの人達はわたしのボディガードよぉ。てゆーかぁ、ここはわたしの部屋でしょお? なんでここにいちゃいけないのよぅ」
ぶうっと頬を膨らませるマミヤは、いつも通りのようでいてどこか違った。自他ともに認める整った顔には、疲労と悲哀が混じって見える。ぎゅうぎゅうとしがみついてくるマミヤの腕を優しくほどいてやりながら、チトセは彼女の瞳をじっと覗き込んだ。
泣いていたのだろうか。目の縁が若干充血している。ふと視線をずらして、またしてもチトセは仰天した。
「ちょっと! あんた怪我してんの!?」
「え? ああ、そーなのよぉ。ちょっと切っちゃって。怪我人なんだから優しくしてよねぇ」
包帯を巻いた左手をひらひらと振ったマミヤが、すぐに痛みに顔を引き攣らせた。これだけ厚く巻いても血が滲んでいるのだから、相当な傷だろう。痛いに違いない。
「一体なにがあったのよ、あんたなんかに巻き込まれてんの? それ誰にやられたの、大丈夫なわけ!?」
「ちょっと落ち着きなさぁい。これくらいへーきよぉ。神経とかは傷つけないようにしたもの〜」
「って、自分でやったの!? なにしてんのよ!」
「もぉ、うるさいわよう。そんなに叫ばなくても聞こえるわぁ」
大げさな動きで耳を塞ぐマミヤに、呆れと怒りと安堵が同時に押し寄せてくる。ほわほわとした喋り方が鬱陶しい。そんな場合じゃないだろうに。「なにがあったのよ」もう一度問いかけると、マミヤはやっと馬鹿みたいな表情を取り払った。
一瞬だけ真顔になったかと思うと、チトセを見て苦笑する。こつりと額が重なって、伏せられた瞳を飾る長い睫毛をすぐそこに見た。
「聞いちゃうと、あんたもクビになっちゃうかもよぉ?」
「それは嫌だけどっ! 嫌すぎて正直ビビるけど! でも、こんなワケ分かんない状況で、なんにも知らされないまま過ごせっていう方が無理に決まってんでしょ!? あんた、あたしの性格知らないとは言わせないわよ」
「……そーねぇ。そーなのよねぇ。だからわたし、あんたのこと、」
そこから先をマミヤが口にすることはなかった。ぱっと離れていったマミヤは、自分のクッションを手に戻って来てチトセのすぐ隣へと座り直す。クッションは抱える用らしい。狭いベッドの上だが、平均的な体格の女性二人が座る分にはなんの支障もなかった。
肩に寄りかかられたので、チトセも彼女の頭にそっと自分の頭を預けた。
きっとそれが正解だったのだ。マミヤは一つ大きな溜息を吐き、消え入りそうな声で言った。