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「今、ソウヤ一尉から連絡が入った。もう一人の要救助者とナガトは、無事に救出したようだ」
「――だとよ、よかったな」
声を奪われてしまったかのように、穂香はこくりと頷いた。その眦から、またしても涙が滑り落ちていく。
他の隊員は白の植物の対応に追われていて、ブリーフィングルームにはアカギと穂香、それからハルナの三人しかいなかった。その全員が饒舌な方でないとすれば、自然と気まずい沈黙が降りてくる。
報告はもうすでに終わった。一通り話も聞いたし、文句や不満もありったけぶちまけた。そうなると、あとはもう吐き出す言葉が出てこない。
しかしそんな空気は、一瞬で色を変えた。
「おーっす! ひっさしぶりだな、アカギ! 元気にしてたかー?」
「カガ二佐!」
「おっ、なんだなんだ、わっけぇ嬢ちゃんだなー。怖かったろ、もう大丈夫だぞー」
がっしりとした体格のカガに、穂香はますます萎縮してしまったらしい。ぱくぱくと金魚のように口を動かしたかと思うと、顔を隠すようにアカギにしがみついてきた。
「艦長、民間人を怖がらせんでください」
「え、なんで? オッチャンなんか悪いことした!?」
「大丈夫だぞ、怖くないぞー! ほーれ、ほーれ!」必死に頬を指で引っ張るカガだが、それが余計に怖がらせていると気づいていないらしい。見かねたハルナがカガを引き剥がし、今まで自分が座っていた椅子を彼に譲った。
げらげらと大声で笑うカガを見ていると、現状がなんでもないことのように思えてくるから不思議だ。
「ところでアカギ、状況は把握できたか?」
「はい。ハルナ二尉から大筋は聞きました。緑のゆりかご計画だって。カガ二佐、爆弾の特定はもうできているんですか」
「いんや、まだだなー。ヒュウガ隊の方で特定を急いじゃいるが、難しいらしい。俺達は白いのをなんとかすんので忙しいしなぁ」
「そんな悠長な! だって、ジグダ燃料爆弾なんですよね? あんなもんどうやって、」
「解除すんだとよ。だから今、ソウヤ達がチビ博士の救助に向かってる」
「だよなぁ、ハルナ」カガがそう問いかけた先のハルナは、外していたゴーグルを再び装着しているところだった。精悍な顔立ちが、ゴーグルによって隠される。
「ええ。――それでは艦長、二人を頼みます」
「おー。気をつけて行ってこいよー」
ろくに休みもしていないのに出て行こうとしたハルナに、穂香が信じられないというような目を向けていた。またあんな場所に行くのか。言葉にせずとも、その目がありありと語っている。待つ側の人間はこんな顔をするのかと、思わぬところで気づかされた。
だからといって、止めることなどできはしない。
「ハルナ二尉、俺も行きます!」
「お前は待機だ、アカギ。すぐにヒュウガ隊と合流することになる。それまではここにいろ。情報なら艦長を通じて入ってくる」
「いいえっ、俺も戦います!」
「なら言い方を変える」
かっちりと装着していたゴーグルを額の方にずらし、ハルナはひたとアカギを見据えて冷ややかに言い放った。
「また考えなしに動かれては迷惑だ。何度もお前達の尻拭いばかりしてられん。ここで待て、アカギ三尉」
冷たく細められた瞳に貫かれ、アカギは浮かせていた腰を下ろすより他になかった。気圧されて言葉も出ないアカギに、ハルナはさらに畳み掛ける。
「その突っ走ることだけが取り柄の頭を、一度休めて考えろ。心配せずとも為すべきことは山とある。いいか、本番はこれからだ。餌を見つけたあいつらはもう容赦などせん。大元の核を潰さん限り終わらんぞ」
吐き捨てるように言ったハルナが外に出る。
その言葉はとても冷たく聞こえたけれど、彼は爆弾の存在を懸念していないような口ぶりだった。ソウヤ達が動いたのなら、なんとかなる。言外にその信頼が伝わってきて、改めて自分の力不足を痛感する。
彼にそれほどまでの信頼を預けてもらえるようになるまで、自分はあとどのくらいかかるのだろう。そのチャンスは未だに残されているのだろうか。
端末を操作していたカガが、二人分のコーヒーを淹れて戻ってきた。一つは穂香の前に、一つは自分の前に置く。当然のようにアカギにはなかったし、アカギもそれが当然だと思っていたが、穂香は遠慮がちに紙コップをアカギの前に滑らせてきた。どうやらアカギの分だと思ったらしい。
お前が飲めと告げてやると、彼女は困ったように眉を下げ、それでも静かに口をつけていた。
「なぁ、アカギ。あのな、ハルナな、あれでもお前らのコトすっげぇ心配してたんだぞ」
「……はい」
それは分かっている。
こちらに来てからのコールで、それは痛いほどに理解している。
ハルナの言葉が刺さるのは、自分に足りない部分があると自覚しているからだ。
「ま、あいつもなー。ソウヤが来ちまったから落ち着かねぇんだろなー」
「え? でも、それはカガ隊も一緒じゃないんですか? その、……勝手に、」
「いんや、ちげぇよ。うちは違う。俺達は正式な要請のもとで飛んできた。ソウヤとは違う。いやー、でもなでもな、ハルナ抑えんの、なっかなか苦労したんだぜー? オッチャンもう疲れた」
「ちょっと待ってください。正式って、正式な要請って、どういうことっすか」
「そのまんまだ」
カップを置いたカガが、ふうと息を吐いた。
その表情に、先ほどまでのだらしない笑みはない。
「上からの命令で俺達は動いてる。それが本来、軍人としてのあるべき姿だ。今回下された指令は主に四つ。感染者の駆除、核の破壊、ヒュウガ隊の救出、それから――……」