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手当たり次第に武器を手に取り、身体にかかる負荷も考えずに引き金を引く。爆音と振動に、そのたびに穂香が小さく悲鳴を上げた。
それでも蔦は、アカギ達を求めてずるずると床を這い動く。何度弾丸を撃ち込もうと、ずるり、ずるり、粘着質な液体を滲ませながら近寄ってくる。
もう迷っている暇はなかった。
「えっ、アカギさん!?」
「ここに入って二十秒数えろ、その間はなにがあっても耳塞いでじっとしとけ!」
「待って、アカギさんっ!」
騒ぐ穂香を防火仕様のロッカーに押し込むべく、中に入れていた器具を投げ捨てる。穂香くらいならばすっぽり収まるだろう空間を確保して、アカギは腰の手榴弾に手をかけた。ピンを抜いて投げる。たったそれだけでいい。あとはここから動かなければ、きっと守れるはずだ。
焼け焦げ、朽ちた欠片のその先に、彼女を救う道がある。
なのにこんなときに限って、穂香は言うことを聞こうとしない。「待ってください、なにするんですか!?」扉を閉めようとするアカギを必死に阻んで泣き叫ぶ。
「時間がねェんだ、大人しくしてろ!!」
「やだっ、怖いのっ!」
「守るつってんだろ!」
「アカギさんはどうするのっ!!」
押し問答を繰り返すアカギ達を黙らせたのは、舌を噛みそうなほど身体を揺さぶる振動と、一瞬聴覚が奪われるほどの雷鳴のような銃声だった。
甲高い悲鳴が艦内に木霊する。穂香は言葉を失ったままだ。それに、彼女の悲鳴はこんなにも化け物じみてはいない。
振り返ったアカギは、断末魔を上げてのたうつ白い蔦を見た。発声器官などあるはずもないのに、どこからか悲鳴が漏れるその様はあまりにもおぞましく、醜悪だ。血の代わりに飛び散る液体は白く濁っている。
暴れる蔦の餌食にならないよう身体を逸らし、その太い蔦に空いた穴を凝視する。食い込んだ弾丸は、アカギが所持している薬銃よりも高火力の代物だ。それだけ扱いも難しい。
そこから立て続けに二発。痛みさえ覚える銃声が響き、吹き飛ぶ白ネズミの血から顔を庇いながら見たハッチから、軽やかに人影が落ちてきた。本人の体重と装備もあってか、着地した瞬間に重みのある音が鳴る。
「え……」
応援だ。深緑の戦闘服に、暗い色のゴーグル。顔はよく見えないが、あの恰好はテールベルト空軍の軍人に他ならない。硝煙の立ち昇る中、それが誰か確認しようとして目を凝らしたが、その必要はなかった。
体格のいい男が、ゴーグル越しにアカギを捉える。
「Kept you waiting(待たせたな), Akagi.」
コード変換がされていなかったけれど、その声にははっきりと聞き覚えがあった。その人はすぐさまコードを調節し、言語を合わせる。
性格が現れたかのような硬そうな黒髪は、日に焼けて少し茶色くなっている。厳しい表情ばかり浮かべている彼は、テールベルト空軍の新入隊員憧れの存在でもあった。
「ハルナ二尉っ!」
「よく持ちこたえたな、上出来だ! だが再会を喜ぶ暇はない。来い!」
足元を駆け抜ける白ネズミを吹き飛ばしながら、ハルナが吠えた。艦外でもひっきりなしに銃声が鳴り響いている。
呆然とする穂香をロッカーから抱え出し、ハッチの上で待ち構えるカガ隊の別隊員に頼んで引き上げてもらった。ひしゃげて役に立たないタラップを軽く蹴って飛び上がり、アカギも自力で脱出する。
外は想像を絶する光景が広がっていた。蔓延る白の植物が、生きた宿主を探してあちこち這いずり回っている。涙の痕が痛々しい穂香は、アカギの胸に力なく倒れ込んできた。慌てて支えたが、その膝は砕けて使い物にならないらしい。
「お前達は一度、カガ隊の艦に避難させる。要救助者はオキカゼに任せろ。行くぞ」
淡々としたハルナの指示は、状況を問うことすら許してくれなかった。あっという間に簡易飛行樹を広げようとしたハルナに、アカギは慌てて食い下がる。
「大丈夫です、こいつは俺が運びます!」
「なら好きにしろ。――オキカゼ、代わりに援護を頼んだ」
穂香を預かろうとしていたオキカゼ一曹が、真剣な顔でハルナに敬礼を返した。彼もまた、ハルナ同様に簡易飛行樹を広げてグリップを握る。
「なにをぐずぐずしている、ド阿呆が! お前は現状把握もできんのか! さっさと動け!」
「は、はいっ!!」
容赦のない叱責を受け、アカギも慌てて投げ渡された飛行樹を起動させた。白い翼が広がる。力の抜けた穂香を片腕でしっかりと抱きかかえ、いつも以上に強くグリップを握り締めた。
銃声を聞きながら、空を飛ぶ。前を行くハルナの背を追うことだけを考えた。首に巻きつく腕の細さなど、考えたくもなかった。
カガ隊の艦に避難したアカギ達は、真っ先に洗浄と簡易検査を行った。結果はどちらも異常なしでほっとする。ブリーフィングルームで一息ついていたアカギは、震えながらしがみついて離れない穂香の頭を見下ろしてどうしたものかと渋面を作った。
ここで助かったと安堵の息を吐けたら幸せだ。だが、そう簡単な話ではないことくらい容易に想像ができる。
なにしろ、ハルナから聞かされた話は受け入れがたいものだったのだ。緑のゆりかご計画などという胸糞の悪い計画に、よりにもよって自分達が巻き込まれていただなんて、考えただけで反吐が出る。
一通りの説明を受けた穂香は、真っ青になったまま一言も喋ろうとしなかった。自分達の国が滅びることに怯えているのか、それとも、先ほど目の当たりにした光景に怯えているのか。どちらにせよ、彼女には刺激の強すぎるものだったのだろう。
水で喉を潤したハルナが、ちらりと穂香に視線をくれた。テールベルトでは人気を博しているハルナだが、なにも知らない穂香からすれば、彼の鋭い双眸は恐怖にしか感じないらしい。びくりと跳ねた身体が直接伝わってくる。