9 [ 116/184 ]

「あっ、あの! お願いが、あります!」
「なに、どうしたの急に。無駄な時間はかけてられないんだけど?」
「お二人は、爆弾の場所、知ってるんですか」

 すかさず無線で確認をとったソウヤが首を振る。どうやらまだ特定はできていないらしい。彼らの艦に一度避難する予定なのだろうが、それでは時間が惜しい。
 ひと気のない階段の踊り場に身を隠し、ハインケルはそれぞれ違った迫力を持つ軍人二人を前に、曲がりそうになる背筋をしゃんと伸ばした。

「ここは研究室側です、よね? あの、だから、実験室が――隔離施設が、あるはずなんです。ドルニエはきっと、そこに感染者を飼ってる。だから、お二人には、そこを破壊してほしいんです」
「まぁた突拍子もねぇ話だな。その目的は?」
「この研究室側に感染者を解き放って、混乱を招いてほしい。それさえできれば、その間にデータを書き換えて装置を止められる。――この世界に撒かれた白の脅威も、きっと潰せる」
「あのねぇ、ハインケル博士。その装置がどこにあるのかってゆーのを今探してるんだよ。それとも、君の頭にかかればそれもお見通しなのかな?」

 呆れたように笑うスズヤは、やってられないとでも言いたげだった。

「ドルニエがいる場所。ドルニエさえ見つければ、本体がどこにあろうと遠隔操作できる。あの子の持つ端末がすべてと繋がってる」
「つっても、そのドルニエ博士はとっくに姿くらましてんじゃねぇのか?」
「あの子はまだ、ここにいる」

 データのコピーにかかる時間は一時間。ドルニエなら、どこにデータを隠していたかすぐに見つけたことだろう。コピーを終え、軽く目を通したなら気づいたはずだ。あの子はそこまで馬鹿じゃない。
 強い口調のハインケルに、ソウヤは組んでいた腕をほどいて頬を掻いた。

「普通に考えて、この研究室は捨てていくと思うがな。お前も、感染者も。纏めて焼いちまった方が都合がいい」
「――僕がいるのに?」

 目線の高さはそう変わらない。少しばかり上にあるソウヤの青い瞳を、じっと覗き込む。

「ドルニエは馬鹿じゃない。あの子は今頃、慌てて計画を練り直してる。……あの子には、この頭は殺せない」
「……大した自信だね。勝算はいかほど?」
「いい、スズヤ。数値なんざより結果で出してくれんだろ。――だよな?」
「……もちろん」

 「上等だ」にっと口端を吊り上げたソウヤが、ハインケルの頭を掻き回す。大きな手は硬くて、ミーティアの柔らかい手とは随分と違っていた。薬の抜けきらない頭が揺すられてくらくらする。

「ドルニエはきっと、この艦ごと逃げる気でいる。少なくとも、僕は必ず連れて行く」

 スズヤを見下ろさなければならないのは違和感があったが、目を合わせるためには仕方ない。知らない間にここまで身長が伸びていたらしい。

「僕はそこの温室で為すべきことをする。君達は、感染者をこの施設内に解き放つ。そうすれば、ドルニエは必ずここに現れる」

 もうすでに、ハインケルが部屋から抜け出したことはドルニエの耳にも届いているだろう。躍起になって捕まえようとしているのは分かるが、ソウヤとスズヤがいる限りそれは困難を極める。
 ハインケルを捕らえるだけならドルニエ本人が出てくる必要はない。高みの見物をしているのだろう。さすがにそこへ向かうのは、ソウヤとスズヤの二人だけでは心もとない。
 ならば、引きずり出せばいい。彼女が自ら足を運ばねばならない状況を作り出せばいいのだ。
 ソウヤが背負っていた武器の一つを指さし、言葉なく借り受ける。単純な造りだ。使い方は見ればわかった。
 昏いものが胸を満たす。感じたのは愉悦だ。

「ほら、行って。邪魔する奴は排除すればいい」

 眉根を寄せたスズヤの腕を小突き、ソウヤが先に踵を返した。
 ここからが本番だ。上手い具合に温室の前まで護衛がいてくれて助かった。息を殺して廊下に戻り、ソウヤが倒した研究員の胸から個人カードを拝借する。
 温室の扉に取りつけられたロックを解除すれば、湿った土の匂いが鼻腔をくすぐる。どこか甘いような、そんな匂いだ。
 三重扉をくぐり抜けた先に、緑が広がっていた。この小さな温室には誰もいない。すべて機械が管理しているのだろう。うっとりするような鮮やかな緑の数々に、小さく溜息が漏れた。
 綺麗だ。とても、綺麗だ。
 しかしこれは、存在してはならない緑だ。ここにあるすべてがブラン結合を起こしている。
 観察室の端末でデータを確認し終えたハインケルは、ソウヤから借り受けた武器を構えて目の前に広がる緑にひたと視線を据えた。まるで消火器のような形をしたそれは、まったく反対の仕事をする。

「さあ、」

 引き金を引いた瞬間、獣の咆哮のようにゴォッと音を立てて紅蓮の炎が吐き出された。みずみずしい葉を、枝を、土を、すべてを呑み込もうと炎の蛇があぎとを剥く。
 ばちばちと炎が爆ぜる。温室内の警報装置が鳴り響き、スプリンクラーが作動するが、それでもハインケルは火炎放射器を操る手を止めようとはしなかった。
 炎に煽られ、黄金色の髪が揺れた。


「――焼き尽くせ」


【20話*end】


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -