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「そ、ソウヤ一尉! なんでこちらに……」
「あ? んなもん、お姫さんの我儘聞いちまったからに決まってんだろ」
「お姫さん……? って、マミヤ士長のことですか? いや、でも、彼女がどうやってそんな」
「あのな、ナガト。言っとくが、ありゃ本物のお姫さんだぞ。――アレが証拠だ」
にっと笑ったソウヤが空を指さし、ナガトら奏と一緒にその方を目で追って唖然とした。空間圧縮システムを発動させて一回り小さくなった空渡艦が、木々を避けるようにして着艦する。その空渡艦には、普段見慣れた深緑よりも少し明るい緑の塗装が施され、側面はテールベルトの国章である優雅に羽を広げた孔雀の文様が刻まれていた。さらにはテールベルト王家の紋章旗までが揺らめいている。
「うっそ……」
話に聞いたことはあるが、実際にこの目で見たことなどなかった。おそらく一生見ることがないであろうと思っていた空渡艦が、目の前にある。
それはまさに、テールベルト王族専用艦だった。
「いや、でも、え? ちょっと待ってください、だってマミヤ士長は王族って言ったって傍系の人間でしょう!? それがなんで、え、待って、本物って言いました? 本物って、え?」
「傍系ってことにはなってるらしいが、実際あれ見たらなんも言えねぇだろ。まあ俺も詳しい事情は聞いちゃいねぇが、あいつは正真正銘のテールベルト王家直系の“姫様”だ」
テールベルト空軍において、王族の人間が入隊しているという事実は有名だった。そんなことは誰もが知っているし、マミヤの美貌につられてナガト自身も積極的に声をかけていた覚えがある。しかしそれは、彼女が傍系の人間だったからだ。直系の人間がよりにもよって空軍に入隊することなどありえないと、誰もがそう思っていた。
だからこそ、ナガトとて気軽に声をかけて仕事を共にできたのだ。それがいったい、どういうことだ。そもそもマミヤが直系の王族だったからといって、それがどうしてソウヤがここにいることと繋がる。向こうではなにが起きているというのだろう。
混乱する頭を揺さぶったのは、甲高く鳴り響いたアラート音だ。ソウヤの腰に取り付けられた端末の叫びに、感染者の存在を知る。
「どんどん増えやがるな。あー……、計五体か。四つは俺が片付けるから、一つはお前やれ」
そう言ってスコープを覗くソウヤの背中はとても大きく、今はまだ追いつけそうにもない。怯えを見せた奏の頬を撫で、「大丈夫だから」と告げて背に庇う。
構えた薬銃は、今度こそその弾丸を吐き出した。飛び出してきた感染者の膝を撃ち抜き、倒れ込んだところにもう一発。宣言通りテンポよく感染者を沈めていくソウヤの傍ら、加勢しようかと銃口を最後の感染者に向けたそのとき、背後から弾丸がナガトを追い抜いた。
あっという間にすべての感染者が地に伏せる。
弾の軌跡を辿った先に、光を弾くレンズが見えた。
「ソウヤ一尉、オイシイとこ全部持ってかないでくださいよー」
これは本当に、どうなっているのだろう。
王族専用艦の上に立つその人は、わざとらしく唇を尖らせている。もともと肉付きの薄い方ではあったが、見ない間に少し痩せたのだろうか。記憶にあるその顔よりも、僅かに頬がこけて見えた。
レンズの奥の狐のような目には、嫌というほど見覚えがある。
同じヒュウガ隊に属し、何度も何度も嫌味を言われて心を抉られた。「兵器には程遠い」とナガトとアカギを刺したのも彼だ。彼は意地が悪いけれど、それでもとても頼りになる。
――彼がいるから、空の上で無茶ができる。
乾く唇で、ナガトは喘ぐように叫んだ。
「なんっ、スズヤ二尉まで!?」
「よっ、久しぶり〜。って、なに情けない顔してんの? 腐っても“テールベルト空軍の王子様”がさぁ」
「ついこないだまで泣きそうな顔してたお前が言えた義理か?」
「ちょっと〜、それはナイショだって言ったじゃないですか。部下の前でやめてくださいよー」
「へらへらしてる場合か。とりあえず話は艦に戻ってからだ。――ナガト、今なら遠慮なく姉ちゃん抱いていいぞ」
今までとはまったく違った悲鳴が奏から上がり、ナガトは思わず吹き出した。当然平手が飛んできて、肩を思い切り叩かれる。そんな痛みなど、痛みとも呼べない。
なにがどうなっているのか、自分の頭ではまだ処理しきれない。それでも、なにかが大きく動いたのだということは理解できる。
それが良い方向へか、悪い方向へかは分からないけれど。
「……まあ、いっか。それじゃ行くよ、奏」
「ちょっ、ええって! 自分で歩けるっ、歩けるって! なあ!」
「ほら、しっかり掴まってて。まあ、暴れたところで落とすわけないけど」
「ナガトっ!」
「あのさぁ……。無事だったんだって、確かめさせてよ。……きみも、確かめて」
当然のように横抱きにし、暴れる奏の腕を視線で首に回すよう促した。呆れたソウヤは先に進み、にやにやと笑うスズヤがこちらを見ている。相変わらず趣味の悪い人だ。今はそのことにとても安心している自分がいて、ナガトは心中でそっと苦笑した。
恐る恐る首に回された腕の感触に、はっきりと笑みが浮かぶ。奏と目が合うことはないが、それでもしかと感じる体温がすべてを物語っていた。
無事だった。
安堵するナガトの頭に、か細い指先が滑り入る。あのときと一緒だ。髪を梳く心地よい感触に頭を預ければ、抱えるように力を入れられた。
「……無事でよかった」
どちらともなく零した言葉は、きっと上官達には聞こえていなかっただろう。
【19話*end】