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「ちょっとよく分かんないんですけど」
「これ、ビリジアンの政府関係者です。それからこっち、ここには緑花院議員が。他にも、高級官僚と呼ばれるような人達が何人か」
「……それが?」

 頭の造りが上等ではないチトセには、キッカが言いたいことがピンとこない。素直に問えば、彼女は厳しい表情のまま写真をスライドさせていった。

「私はまだまだ半人前だけど、それでもそれなりに情報網は持ってるし、必要なら自然と上から降りてくる。……でも、これだけの人間が集まっているにもかかわらず、私はなにも聞いてない」
「ええっと……つまり、秘密裏に集まってるってことですか? でも、それとマミヤにどんな関係が?」
「……マミヤさん、王族の人間だよね」
「え? ああ、まあ。でもあいつ、王族って言っても傍系ですよ。入隊してくるくらいなんだし」
「ここに映ってる人、私が見かけた人。そのほとんどが王室廃止論支持派だって言っても、関係ないって言えるかな」

 これにはさすがのチトセも瞠目せざるを得なかった。

「ちょっと待って。それじゃ、王族だからマミヤになんかあったってこと!?」
「そこまでは分からない。でも、マミヤさんがヒュウガ隊のことで動いてたのは知ってる。マミヤさん、何度か私のところにも来たの。ソウヤ一尉もいらしたけど、私は上官に『ヒュウガ隊のことは他言するな』って言われてたから、なにも言えなくて……」
「キッカ三曹、なにか知ってるんですか……?」
「ううん、知ってるってほどじゃないの。ただの推測、だけど。でも、ムサシ司令は、ヒュウガ艦長らにナガト三尉達を追うことを許可なさらなかった。その上で、彼らの存在を隠そうとした。外に向けてのカモフラージュだって、最初は思ってた。そうしなきゃ大問題になることくらい、みんな分かるもの。綺麗なままじゃいられない、嘘だってつかなきゃいけない。だから誰も口を挟まなかった。――でも、マミヤさんは違ったよね」

 マミヤがヒュウガ隊を気にかけていたことはチトセも知っている。チトセとて、スズヤを見舞いにも行った。
 それが許されなくなっても、おかしいと思いつつもチトセが深入りすることはなかった。
 だが、マミヤは違ったのだ。

「マミヤさん、なにか知っちゃいけないこと、知っちゃったんじゃないのかな……」

 間延びした声がよみがえる。
 誰もが認める美人でありながら癖のある性格が災いして、なかなか報われない友人の姿をチトセは思い浮かべた。王族であることを鼻に掛けない、気さくな友人。些細なことでケンカするけれど、向こうの方がずっと大人だから、気がつけばいつの間にか仲直りしている。
 王族の血に宿った悲しい運命を、笑みを浮かべて語ったマミヤ。
 あの子はきっと、自分の前では泣かないのだろう。
 頭の悪いチトセにだって、王室廃止論がどういうものかは想像がつく。ようは王族を廃絶しようとする動きだ。そんな考えの人物が秘密裏に集まったタイミングで、マミヤが消えた。関係ないと言い切るには場が整いすぎている。

「……マミヤは、いま、どこに」
「分からない。でも、その、……きっと、無事だとは思う。危ない目には遭ってないと思う。だってマミヤさんは、」

 ――王族だから。
 キッカが零したその一言に、美味しいモンブランが鉛に変わったような気がした。


* * *



 グローブもつけずに飛び出したせいで、簡易飛行樹のグリップを握る手は身を切るような冷たさの風に感覚を失くしていた。
 空に上がれば一目瞭然だ。この山は急速に白の植物に浸食されている。なにが起きているのかは理解できない。だが、異常事態であることは呑み込めた。小さな山の半分ほどが白く染まっているのだから、これを異常と言わずになんと言うのだろう。
 スコープを覗き、決死の思いで奏の姿を探す。奏にはマーカーがついているから、接近すれば反応するように端末を設定してある。それでも肉眼で見つけようと、ナガトは死に物狂いで目を凝らした。
 ナガトにとって、蔓延る白の光景は別段珍しくもないものだ。テールベルトの大半がそうであるし、どこを見ても白の植物が存在することが当たり前の世界で暮らしている。にもかかわらず、この光景には胸が痛んだ。
 ここは違う。この世界は、そうであってはならない。
 あの子は言った。全部が白く染まってしまっては、面白くないと。
 その通りだ。この世界には色がある。緑は「緑」であって、様々な色を持っている。ここではそれが当たり前なのだ。そうあるべきだ。
 ――あの子が、楽しめる世界であるように。

「どこだよ、奏……!」

 風を切る音に混じって端末が鳴り響く。奏の存在を探知したのかと思ったが、確認したモニターに映し出されていたのは感染者の存在を告げる赤い明滅だった。

「クソッ! 嘘だろ、レベルD感染者なんて……! 奏がいるってのに、」

 感染者探知のアラート音を遮るように、別の音が鳴る。
 そのことに血の気が引いた。グリップを握る手に余計な力が入ったのか、一瞬でぐっと高度が下がり、身体が大きく揺さぶられた。
 冷たい風が頬を叩く。

「なっ……!」

 三つの赤い点が、緑の点を追う。
 逃げ惑う緑は間違いなく奏のものだった。いっそ別人であってほしいと願うほど、二つの色は切迫している。
 ナガトの瞳が限界まで瞠られ、童顔と言われる柔和な顔立ちに焦りからくる険しさが宿った。髪を振り乱したまま空を滑る姿は、奏や穂香からは想像もできないほど険しくなっているのだろう。
 早く、もっと速く。
 壊れそうなほどの操作で簡易飛行樹を操り、風を切って点を追う。
 絶対に間に合ってみせる。もうあんな思いをするのはごめんだった。助けに走って、そこで見つけたものがほんの僅かな血液と肉塊だけだなんて、そんなのはもう嫌だ。
 必ず助けると誓った。だから、無事でいろ。
 端末に映る点はすぐそこだ。一気に下降したナガトの目が、山道を駆け抜ける感染者の背を捉えた。反射的に端末を投げ捨て、腰のホルスターに収めていた薬銃を抜いて弾丸を撃ち込んだ。撃たれた衝撃で、前に吹っ飛ぶようにして感染者が倒れ込む。
 捨てる直前に見た端末には、赤い点はすでに二つしか表示されていなかった。残るはあと一体だ。


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