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「もうほっといてよ、なんでかまうの? どれだけ謝ればいい? どうしたら許してくれるの? あたしには、ごめんなさいしか言えないの! 他にどうしろって言うのよ!」

「……強いってなんだよ」

「誰の前でも笑ってられて、嫌なことでも立ち向かって、誰とでも仲良くなれて! つらいことがあったって、いつだって――」

「笑ってる?」

 乾いた声にはっとした。
 黙ろうとしたのに、しゃくりあげた嗚咽が静寂を乱す。
 滲んだ視界の向こうで俯く小鳥遊くんは、くしゃりと前髪を掴んで、静かに笑った。

「俺、今、笑ってんの?」

 静かな、今にも震えそうな声が、罵倒よりも胸に痛い。

「……謝んなくていいから、言えよ」

「なに、を……?」

 知っているはずだった。この人達は、ただ強いだけじゃない。そんなことは、あの姉と生まれたときからずっと一緒にいるあたしが、一番知っているはずだった。自分が、この人達の強さしか見ていないことだって、気づいていたはずなのに。
 震える声が耳を刺す。小鳥遊くんは俯いたまま、オレンジ色の光の中に影を伸ばしていた。

「ずっと、好きだった?」

 この質問に答えてしまったら、あたし達はどうなるんだろう。
 学校中の噂になるんだろうか。小鳥遊くんは、周りの子は、どう思うんだろう。あたしは、どうなるんだろう。
 小鳥遊くん越しに、クラスメイトを見た。誰もがこちらを見ている。なにも言わない。彼らにはもう、今までの会話を全部聞かれている。だとしたら、ここでなにを言おうと、明日にはもう噂は広まるだろう。

 ――ずっと、好きだった?
 色素の薄い髪、柔らかい瞳。穏やかな声。見た目は確かにどこまでも綺麗な人だけれど、優しくて、頼りなくて、でもちゃんと男の人で。
 思い出すのは、あの人が呼んでくれたあたしの名前。
 「はじめまして、ジャスミンちゃん」茉莉花ですって伝えたとき、顔を真っ赤にして驚いていたから、きっとあたしの名前はジャスミンだって姉に教えられていたのだろう。ジャスミンなんてあだ名が嬉しいと思ったのは、あの人に呼ばれるからだった。
 淹れてくれた紅茶の味も、頭を撫でてくれた手の大きさも、少し慌てたときの情けない声も、全部、覚えてる。
 ああどうしよう、全然忘れられてない。

「……ずっと、好きだった」

 顔を覆って、その場に蹲って、子供のように泣きじゃくりたかった。
 それをしなかったのは、目の前にいる男の子が、泣きそうな顔で笑ったからだ。

「なら行けよ」

「え、きゃっ、ちょっと、たかなしくん!?」

「とっとと行って、アイツにそれ言ってこいよ! でないとっ」

 無理やり肘を掴まれ、扉まで引きずられる。あまりの強引さに目を白黒させている間に、あたしはあっという間に廊下に放り出された。勢い余って尻もちをつく。痛くはなかったけれど、倒れたあたしを見た瞬間、小鳥遊くんは痛そうな顔をした。
 大きく息を吸った彼は、一度だけ唇を噛み締めた。

「でないと、いつまでたってもムカつくんだよ!」

 階下にまで響き渡りそうな大声で、「みんなの小鳥遊くん」がそう怒鳴った。
 填めたガラスが鳴くほど乱暴に締められた扉は、今でも目の前で震えている。冷たい廊下のタイルが体温を奪っていく。
 気づいてしまって、また涙が零れた。あたしは何度謝ればいいのだろう。なにをすれば許されるだろう。この一言は、彼をもっと傷つけてしまうだろうか。それでも、言わなきゃいけない。全力で怒ってくれた、この人には。
 教室の薄い扉についた擦りガラスには、人影が写り込んだままだ。頼りない足で立ち上がって、その影に、手を重ねた。

「あたし、小鳥遊くんのこと、ちゃんと、好きでした」

 代わりでもなければ、間違いでもなく。
 少し種類は違ったのかもしれないけれど、でも、ちゃんと、好きでした。
 こんな言い方をすれば、彼はもっと怒るだろうか。
 袖で顔を拭いて、どうしようもなくなって走った。廊下の端に美咲がいて、彼女はなにも言わずに肩を叩いてくれた。あたしはこの間から泣いてばかりだ。
 みっともない。情けない。弱さばかり嘆いて、自分にできることを考えてもみなかった。
 だから、そんなあたしを見かねて、彼は逃げ道をくれたんだ。


 ごめんね。
 ありがとう。
 どうか、しあわせになって。


(そんなこと、願う資格さえないのかもしれないけれど)

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