秘密警察的な






(♀夢/英雄学/爆豪勝己/notヒーロー志望/パラレル)



俺らの所属する組織は、関わる案件によっては国を跨ぐことがある。そうなるとインターポールやら関連国の捜査官が派遣されることもままあった。

先生が連れて来た女は俺らと同い年くれぇで、日本人のくせに日本語が喋れねえ女だった。先生と話してる時はイタリア語だ。来日は数人らしかったが、俺らの職場に来たのはそいつだけだった。

捜査官なんだろうと思ったら、そうでもなさそうだった。仕事してる様子がねえ。普通にただの女だ。



そいつは何故か俺に懐いた。俺が移動すると行き先が捜査現場だろうが勝手についてくる。
そのせいでそいつの滞在中は俺が面倒見る羽目になった。

「カツキ」

誰から聞いたんだか、事あるごとに外国訛りで俺の名前を呼ぶ。事がなくてもガキの一つ覚えみてぇに呼ぶ。

「いちいち呼ぶな! ついて来んな! 邪魔なんだよ!」

無駄だとわかっててもウゼェもんはウゼェ。同い年のクセに行動が頭の足りてねえクソガキだ。まとわりついてくる以外は何もしねえ。
そいつだけでもウゼェのに、そいつのツラがいいせいでアホ共までまとわりついてきて、最近周りがクソうるせぇ。

「なんで爆豪に懐いてんだろうなー」

「日本語喋れないから無口な奴がいいんじゃね」

「だったら常闇とか障子とか轟の方がよくね? 無害だし」

「俺は有害だってぇのか!!」

「三人よりは有害だろ」

「ンだとしょうゆ顔てめぇ!!」

「異形に慣れてないとか?」

「それでも爆豪の方が人相悪いっしょ」

「ブッ殺す!」

俺だって何も喋んねえわけじゃねえ。今だってそうだ。話がわかんねえなら俺の周りにいようが同じだろうが。

無視すりゃそいつも勝手に本開いたりスマホ弄ったりしてる。最悪なことに、俺は最近そいつの行動に慣れはじめてきた。俺がソファに座ったらどこに座るか、何をするか、行動パターンが読める。嬉しくねえ。なんで勝手についてくるやつのこと頭に入れられなきゃなんねぇんだよ。

そいつのせいで新しい案件が俺に入らなくなったからクソみてぇに暇だ。適当に雑誌を開いてると、アホがスマホを女に見せながら話しかけんのが見えた。

「●甘いもん好き? クレープとかパンケーキ食べに行かね? おしゃんな店見つけたんだ、奢るよ?」

日本語通じねえっつってんのに、また飽きもしねえで誘ってやがる。俺の横にいるそいつが視界の端で首を傾げるのが見えた後、アホが「やっぱダメか」とうなだれる。このやりとり見飽きてんだよクソが。

「俺イタリア語わかんねーんだよなぁ…英語ならいけっかな?」

「お前英語話せんの?」

「道案内くらいならふわっと」

「誘ってみ」

「シャルウィーランチ?」

「思いっきりカタカナ英語じゃん」

クソくだらねー茶番。付き合ってられねえ。
席を立つと女がこっちを見上げた。女の視線を追って更にアホ共の視線が上がる。

「お、爆豪出かけんの?」

「なんでテメェにいちいち報告しなきゃなんねんだよ!」

「え、うそじゃん。なんでキレてんの?」



「便所だよ!! ちっと待てや!!」

何言ってるかわかんなくても俺がキレてっことはわかってるらしい。怒鳴るとビクッと肩を跳ねさせて、あからさまに悲しんでますってツラで視線を下げた。少なくともこの業界で生きてるくせになんだその反応。俺がワリぃってのかよ。
胸糞悪ぃ。日本語よりは話せんだろと「Wait here」と言うと顔を上げて「Yeah」と返って来た。

便所から出るとそいつは言った通りに大人しく待ってた。そいつの前を通り過ぎると、やっぱり俺の後ろについてくる。

「Why come」
 (なんでついてくんだよ)

「Multiple reasons, or nothing」
 (いろいろあるけど、何もないかも)

思いの外はっきりした答えだった。それで言葉が通じねえ印象が変わった。
顔をしかめると、女は柔らかく笑った。それまで見せてきた愛想笑いとは別の、愉快げな感情の伴った笑い方だった。

「Intuition」
 (なんとなくよ)

それ以上何か言う様子はなかった。たぶん俺が何を訊いたところで何も答えねえ。だったら訊くだけ無駄だ。

「……勝手にしろ」

伝わってんだかどうだか知らねえが、そいつは相変わらず俺の歩調に合わせてついてきた。

世界共通語なら会話できるってわかってから、そいつはくだらねえ意思表示しはじめた。
飲食店情報サイトで近場の店のページ見せてきて、昼は食べたか訊いてくる。それで女の意図はわかった。スマホの画面から女の顔に視線を上げる。

「Do you want to go here?」
 (行きてえってか)

「Yes」
 (行きたい)

「Go on your own」
 (勝手に行け)

雑誌に視線を戻すと、女は紙面が仰向けになるように指を引っ掛けて邪魔してきた。

「Take me」
 (連れてって)

「Am I going with you?」
 (俺がか)

「Yeah」
 (そう)

「Fuck」
 (死ね)



「Go with someone else」
 (他の奴と行けや)

「Choose you」
 (カツキがいい)



面倒くせえ。なんで俺が。


「ツラいいんだからもっと警戒しろ」

その女は美人の部類だ。澄ましてればずっと見ていられる。肌も髪も手入れが行き届いてて、触りたくなる容姿だった。
俺らの間で伝わらねえ言語が日本語だった。

「きれいだな」

呟くと本から頭を上げてあげて首を傾げた。驚きも喜びもなく、ただ思いがけない物音を聞き逃したような表情だ。

「What?」
 (なあに?)

「Nothing」
 (なんでもねえ)


谷間がっつり開いててボディラインが目立つ服。
変な言いがかりつけられたらムカつく。

二人きり。

「誘ってんのかよ、クソ」


「そうだと言ったら?」


「……は?」

「てめぇなんで日本語……!」

「話せないって言ったかしら」

「言葉が通じないふりをすると色々と都合のいい事が多いの。油断してる人から情報を拾えたり、」


「不器用な人の熱烈な言葉を聞けたりね」

「いつも褒めてくれてありがとう。ずっとこう言いたかったわ」


「勝己もすごく素敵よ」





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