正反対な彼。









(♂夢/忍卵/黒門伝七)



●○は一年い組の中で目立っていた。猫背で声が小さく、目は長い前髪に覆われ、い組なのに成績が悪くずっと俯いていて友達がいなかった。
そう、悪い意味で目立っていた。

「なんであいつ、ろ組じゃなかったんだろうな」

そう言う陰口はたびたび出た。誰かはわざと聞こえるように言っていたが、○はまるで聞こえなかったかのように無反応だった。その反応ですら、○はい組での異質さを際立たせた。
彼の唯一の長所は、生真面目であることだ。困っている人は絶対に放っておかなかったし、掃除も雑用も決して手抜きしなかった。出来は悪くても宿題を忘れたことは一度もなかった。
たが、い組では宿題を期限までに仕上げるなんて当たり前だし、彼の振る舞いに興味がない同級生たちはそんな優しさを知らない。みんな彼を煙たがったけど、彼は決していやな奴ではなかったのだ。

○は同級の黒門伝七に憧憬を抱いていた。伝七は自分と違って、己の意見をはっきり言い、背筋もぴんとしていて顔立ちも美しく頭もいい。伝七が近くにいると心臓がドキドキして顔が熱くなった。左吉たちのようにお喋りしたいと何度も思ったが、勇気がなくて名前を呼ぶことすら出来なかった。
基本的に○は人見知りが激しい。話し掛けるのが苦手なのは伝七を対象に限ったことではない。だからずっと俯いて、緊張で読みもできない忍たまの友を眺めた。そうすることで教室内での間を無理やり持たせた。



一度だけ、○に好機が巡った。伝七と一緒に学園長の庵の掃除当番になったのだ。○は嬉しく思ったが、彼には会話の能力が絶望的に備わっていなかった。雑談とは何を話せばいいのかと考えているうちに、時間はあっという間に過ぎてしまった。掃除中、伝七が○に話し掛けることもなかった。

伝七は伝七で、○と二人きりで掃除当番だということが気まずかった。正直、○は何を考えているかわからなかったし、彼についての知識はただ「暗い奴」の一言に尽きる。掃除をさっさと終わらせて、得体の知れない彼と早く別れたかった。

二人は掃除道具を片付けに物置へ行く。○は焦った。ここで伝七と話せなかったら、次はいつこんなチャンスが来るかわからない。もしかしたら卒業するまで来ないかもしれない。

○は手にある箒をぎゅっと握り締めた。

「っ、く……黒門、くん………」

「え?」

伝七は至って普通に反応した。しかし●○が話し掛けてきた、と理解するとひどく驚いた。何を言われるのか、とまったく予想がつかず、伝七は○が話すのを待った。

「なんだよ」

「あ…えっと」

急かしても何も言いださない○に、伝七は苛立ちが生まれたのを感じた。○は一生懸命どうでもいい雑談の話題を浮かべては却下している。伝七は当然それを知り得ない。自分の顔が不機嫌になっていくのがわかった。
何も言わない○に、伝七は攻撃的な口調で○に吐き捨てた。

「呼んだんだから何か言えばいいじゃないか。●、僕をからかってるのか?」

ビクッと肩が上がる。そんなふうに思われてしまったなんて。怖くて顔を上げられないまま、○は必死に首を横に振った。誤解を解きたくて慌ててなんとかしなきゃと思うが、なんとかしなきゃと思うほど伝七の機嫌が悪くなっていくような気がした。嫌われてしまう、と不安になる。話し掛けなきゃよかった。とても居心地が悪い。どうしよう嫌われたくない。言葉は浮かんでは消えるが、伝七に言えるような言葉は一つも浮かばない。パニックだった。言葉を選ぶ余裕すらなく勢いで口走った。

「ぼ、僕……黒門くんが好きなんだ……っ」

「はぁ!?」

○は泣きそうだった。涙が零れるのを必死に堪えている。全てに後悔した。伝七と一緒にいられて浮かれたことも、話し掛けたことも。
伝七は○の言葉をおかしいと思った。今ここで言うことがそれか。それはどういう意味で。些細な疑問が生まれたが、きっと今の伝七は何を言われても同じような反応をしただろうし、どういう意味でも関係なかった。

「気持ち悪いなぁっ!お前もう僕に話し掛けるな!」

怒りだけの言葉をぶつけて、伝七は視界から○を外してずんずん歩いていった。○はそこから一歩も動けず、自分を置いていく伝七の後ろ姿を見ることすら出来ず、何かに全力で耐えて震えながらじっと俯いた。堪えきれなかった涙をぼたぼたと零した。滲む視界に土に出来たシミが映る。後悔して後悔して、消えてしまいたくなった。





×