ボツった鬱々









(♂夢/忍卵/次屋三之助/欝/汚物表現/ただ長いだけの文になったためボツ)


怖い。怖い。怖い。

殺して。誰かいっそ殺して。

僕の体よ消えてくれ。誰にも見られないようにしてくれ。

怖い。怖い。怖い。

ああ、僕の握力が化け物のように強かったら頭蓋骨を砕くことが出来たのに。

僕に人外の力があれば顔を穴だらけにして「僕」を消せたのに。

僕には人並みの力しかなくて、僕は今日もここにいる。

望みを適える勇気もなくて、僕は無力さに負けてここにいる。

怖い。怖い。怖い。

どうか僕の世界よ終わってくれ。

どうか、どうか。

(ぎゃあああああああああああああああ)












がちゃん!








陶器が床に砕けた音。それで○は目が覚めたように我に返った。人が賑わっているにも関わらず、その音は食堂全体に響いて、○は一気に複数の視線を浴びた。使い物にならなくなった湯呑みと周囲からの視線に、あちゃぁ…と蚊の鳴くような声で漏らす。ふぅ、とため息を吐くと、台所に入っていく。周囲の視線は早くも散布した。

「おばちゃーん、ごめんなさい。湯呑み割っちゃった」

言いながら、茶目っ気のある笑顔を浮かべる○は台所の隅から箒と塵取りを手に取る。おばちゃんは出来は悪いが可愛い子見るような笑顔で「割れちゃったものは仕方ないわ。でも片付けはよろしくね」とだけ言って、お咎めらしいお咎めもなく後を○に任せた。「ふゎーい」というふざけた返事をして再び台所から出ると、食べ終わった食器が載った盆を持つ小平太がいた。

「お前がドジをするなんて珍しいな○。どうした?」

「なんだよそれ。もー、俺だって失敗くらいしますー」

なんでもないように笑う○の傍ら、小平太はカウンターに盆を置いた。手ぶらになるとすぐさま○の隣にしゃがみ、


(↑食堂)
(↓裏裏裏山)


三之助は足を止めた。何か違和感を感じる。穏やかなものではない。しかし敵意も感じない。入ってはいけないところに入ってしまったとでもいうのか。とにかく空気が悪いことだけが確実にわかった。

(なんだ…?)

それまでの歩調を止めて、足取りはわかりやすくゆっくりになった。全神経を周囲の警戒に集中させた。何か不審なものを見落とさぬように目を皿にする。どこだ?何が変なんだ?

(っ、う………!)

異臭が鼻を刺激した。感じた違和感は臭いだった。
三之助は足を止めて鼻の下に袖を押し当てた。これはなんの臭いだっただろうか。疑問が浮かんだが答えはすぐに出た。吐瀉物だ。だがこんな森の中で、いったい誰がこんな異臭を放っているのか。動物はこんな臭いの吐瀉物を出すのか。
三之助の足はその臭いに近づいていた。もしかしたら後輩の四郎兵衛か金吾が七松先輩についていけなくて限界で吐いてしまったのかもしれない。そう理由付けて、三之助は近づいていく。だがそれは違うだろうとどこかで感付いている。だって一体何度この無茶な委員会活動をしたと思っている。吐くどころか慣れているに決まっているじゃないか。
じゃあ誰が?
体育委員の他に裏裏裏山まで来るような人間がいるのか?

一度湧いた関心は消えなかった。確かめたくなってしまった。有益な情報は絶対にないはずだ。むしろそれが三之助の興味を煽っている。

なんとなく、自分の存在を気付かれてはならないと思った。息を顰める。大丈夫。仮にも自分は忍者のたまごだ。例え相手が何者でも、吐瀉するほど体が参っている相手に気付かれないだろうと自分を勇気づけた。

臭いが強くなる。異臭が明確なものになっていく。


「――――」

(……?)

聞き取れないほどの声が聞こえた。何と言っているかはわからないが、涙声だ。
泣いている?
そんなに具合が悪いのか。

もう近くまで来ていた。相手の気配がわかる。一人。子供じゃない。少なくとも自分よりは。

気配は茂みの中にいた。意図して隠れている場所だ。声を殺しているようだが、尚も泣いている。
気配を前にして緊張してきた。知らぬ間に三之助はごくりと生唾をのんだ。自然に引き結んだ口を緩め、浅く深呼吸する。茂みの中を見るために、硬直していた足を一歩踏み出した。

そこには。



(えっ………)



三之助の視界はぐわんと歪む。
○、だった。
背中を丸めて、密やかに声を殺して泣いている。憧れていた大きな背中は子供みたいに小さく見えた。

なぜ、○が泣いているのか。

三之助は混乱した。これまで自分よりも年上の者が泣いてる姿を見たことがなかった。
「どうしたんですか」と声をかけることも出来ず、三之助は棒立ちのまま頼りない姿を見つめ続けた。自分まで泣きたくなった。だって格好良くて憧れて焦がれた先輩が子供みたいに泣いている。
どうすればいいんだ?
なんで俺ここに来ちゃったんだ?
見つからないように隠れていたのに。

「っああぁあああ……ッ!!」

唸るような○の泣き声に三之助はビクッと震えた。理性のない獣のような声。どうしてこんなに泣いてるの?

思うことは山ほど出てくるのに、言葉に言い表わすことは不可能だった。
どうすればいいのかもまったくわからなかった。

だけど彼はこんなところで一人で泣いているのに、手を伸ばすことは出来なかった。
あまりにも遠い壁を感じた。星のように遥か遠くにいるよう………こんなに近くにいるのに。




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