一緒に遊ばなくなった理由






(♀夢/英雄学/爆豪勝己/notヒーロー志望/幼少期)



初めてこの目で見た暴力は四歳の時。その全ては勝己の手によるものだった。
その中で傷跡のように残る記憶は、勝己から出久くんに対するものだった。
それだけが特別だったのはきっと、出久くんが無個性で、勝己の個性が危険で暴力的なものだったから。


勝己が出久くんを殴るのを見た時、私は泣いてしまった。何故泣き出してしまったのか理由はよくわからない。強者から弱者へ振るわれる一方的な暴力が怖かったのかもしれないし、出久くんが痛そうで可哀想だったのかもしれない。勝己が拳を振るったことが寂しかったのかもしれない。勝己が手の届かないところに行ってしまったと思って混乱したのかもしれない。

ただ、暴力を振るう勝己は、私が触れてはいけないもののように感じた。私はその情景に訳もわからないまま涙をこぼして、みっともなくしゃくりあげてしまった。

それを見た勝己が手を止めたのをよく覚えている。それがまた私をとても悲しくさせた。自分の行動が、勝己の行動を止めてしまったこと。それがひどく情けなくて悔しかった。それは、私がいつも迷子になって勝己に手を焼かせる制御とはまるで訳が違った。
勝己は私に「何泣いてんだよ!」と怒鳴って、私は何かを答えた。だけど頭でまとまらないまま発した言葉が一体何だったのかは、言ったそばから忘れてしまった。


勝己はずっと堂々としていて自信のある人だ。その性格に爆破の個性が加えられて、勝己はより大手を振って歩くようになった。それはいい。だけど、力を振るう勝己の姿はどうしても苦手だった。私はそれを見る時、蟻の大群が蝉の死体を運ぶのを眺めるように、無機質な目を作らねばならなかった。そうしなければまた泣いてしまうと思ったからだ。
勝己をそんな目で見ることに少しずつ自己嫌悪して、私は勝己と一緒に外で遊ばなくなった。勝己も私を連れ出さなくなったのでちょうどよかった。家に帰れば勝己は暴力を振るわないから、私は家の中で勝己といられればよかった。一方的な暴力が光己ちゃんに知られてこっぴどく叱責された後は、喧嘩はしても、暴力による弱い者いじめはしなくなったから学校で一緒にいるのも平気だった。爆破や態度でよく他の人を威圧はしていたけど。

暴力。

それが、私が勝己に抱いた唯一の不和。







子供というのは得てして、己の言動の理由を逐一把握していないものだ。
やりたかったから。
それ以上の理由などあるものか。自分の内側に潜む感情の存在すら知らないのだから。

敵をやっつけるオールマイトが何よりもかっこよかった。幼い勝己の中にはそれが大きく占めていた。相手の善悪、ましてや自分が正義か悪かなんて考えもしない。勝己にとっては最も大事だったのは勝敗だった。勝つ方がヒーローなのだ。

勝己は自分の言動を間違いだと思った事はなかった。勝己を慕う男の子は常に周囲にいたし、大人からほとんど怒られた事のない◎ですら勝己をすごいと言った。母親からは時々やんちゃを止める叱責があったが、納得いく理由をつけられてからは間違いを犯した事はない。だから勝己はいつも正しい。だからみんなが勝己を慕った。人の前を進んでいくのは必ず自分なのだといつも信じていた。きっとヒーローはこうして人の前に立つんだろう。その中で◎だけは唯一、勝己の後ろではなく隣にいた。

◎をいつも連れていたのは、そうしない理由がなかったからだ。外に出るためには靴を履くのと同じくらい、自分の隣に◎がいるのは当たり前のことだ。◎は女で大人しいくせに勝己に見劣りしないくらいなんでもできた。だから一緒にいるのが気持ちよかった。ただそれだけだ。子供が誰かと一緒にいる理由なんてそれ以外にあるだろうか。

勝己は完璧だった。◎がいれば、自分たちにできないことは何一つないとすら思った。
その完璧を崩すのはいつも一人だ。





ヒーローごっこをしていた。
もちろん勝己はヒーロー役。敵役は勝己より身長の高い男の子。女は人を殴らないから、◎は人質役だった。特別にヒーローでもいいと思っていたが、◎はヒーローごっこにすぐ飽きるから仕方なく人質役にしていた。

三人で殴っていたのに、敵役の少年が泣き出すと、仲間はずれにしていた出久が前に出てきた。ひどいよかっちゃん。泣いてるだろ。震える声で彼はそう歯向かった。これ以上は僕がゆるさないぞ、とまで言った。勝己から見れば、弱い奴が吠えてるだけだ。痛くも痒くもなかったし、勝てる力もないくせに自分に対抗するなんて馬鹿だとすら思えて笑えた。

「“無個性”のくせにヒーロー気取りか、デク!!」

何が悪かったのだろうか。ただ相手を変えただけなのに。




◎はそう言って泣いた。




―――『痛そう…』







あ、まただ。
こいつの中で、また俺よりデクの方がでかくなった。

無個性のくせに。
◎は俺のだ。◎は俺にだけ「すごい」って言うんだ。
無個性のくせに。何もできないくせに。弱いくせに。

◎を取るんじゃねえ。







人を殴る勝己が怖いんじゃなかった。
でも、出久くんを殴っていた時は、どうして泣いてしまったのだろう。

出久くんが好きだから?
違う。一番好きなのは勝己。



(優しい人を殴る勝己が)


怖かった。





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