個性婚が義務化されている世界。
(♀夢/英雄学/爆豪勝己/轟焦凍/notヒーロー志望/パラレル/悲恋)
国に個性が管理されている世界。
危険な個性・本人の尊厳が危ぶまれる個性が生まれないため、また、個性が相乗効果で発揮される組み合わせサンプル回収のため、個性婚が義務化されている。個性研究機関が組み合わせを判断している。
ある一定の年齢に達すると、対象となる者に国から通知書が届き見合いが設けられる。
一定の年齢を待つ理由は、生後数年後に見合う個性が生まれる可能性があるため。
通知書は全ての国民に届くわけではなく、研究機関で対象と判断された者のみが個性婚を強いられる。宝くじの1万円が当たる程度の確立で、数値化すると1/600ほど。
対象外の者、対象とされる前に婚姻した者は恋愛結婚ができる。ただし婚姻が受理されるためには研究機関の認可が必要。愛し合っても個性の組み合わせによっては結婚できない場合がある。
中学の頃、温度変化の◎と、半冷半燃の焦凍のところに通知書が届く。
通知書で決められた日程で見合いをする。この時まだ轟は父親への反発心から刺々しい印象。
通知を見た時は他人事のようだった。
宛名は父だったし、類似の個性が少ないからサンプルでも回収するのかなと思っていた。まさかそれが私に関わるものだなんて思わなかったし、お父さんから個性婚のことを聞かされた時も、どこか私とは無関係のものに思えていた。
今までいた場所から一人だけ省かれたような、一人だけ透明人間になったような、そんな気がした。私と、私ではない私が分離してしまったようで、幽体離脱でもしてる気分。当然そんなことはなくて、私は一つの体で、轟焦凍という人と結婚しなければならないという話を聞き流していた。
当事者の私に実感が湧かないまま、周りが事実を認めていたのが怖かった。だから、どこかに逃げ場が欲しくて言った。
「勝己には内緒にしてて」
「私、まだ実感ないから、知らないでいて欲しい」
◎は見合いのことを勝己に話せないまま当日になった。
見合いに行くとき、ようやく本当のことなんだと実感せざるを得なかった。見合いをするのか、という思考とともに、結婚するのかと、妙に素直に胸に落ちた。
受け入れてしまった後はなんともあっけなくて、なんでもないことのように思えた。
ただ、勝己とずっと一緒にいるというのはきっと無理なんだろうな、と思った。これが大人になるっていうことなんだろう。変わらなきゃいけないんだと思う。
(ずっと今のままがいい)
それはきっと叶わない子供の我儘だから、胸の奥に閉じ込めた。
―――(閉じ込めたまま何年も残り続けていた)
一方、◎の不在に何気なく「あいついねぇのか」と光己に訊ねて、光己から初めて見合いのことを聞く。◎の態度はいつも通りだったので、突然のことに勝己は何を言われたのかわからなかった。
「お見合いなんて意味ないわよね。どうせ結婚するんだもの」
◎は焦凍にそう言った。
◎が家に帰った後、勝己は通知書について話さなかったことを詰める。
「なんで俺にだけ言わなかった」
「実感なかったんだもの。勝己からまで個性婚の話出て欲しくなかったし」
「まだ中学生なのに」
「結婚なんて考えたことないし」
「知らない人と」
「知らない人のところに嫁ぐなんて、少しでも長く知らない振りしたかったのよ」
「結婚なんて、想像つかないし」
「まだ中学生なのに。通知が来るとも思ってなかった」
「できるだけ忘れていたかったの」
「だから勝己には言いたくなかった。言ったら、勝己と一緒にいる間もずっとお見合いのこと思い出すと思ったから」
口が戸を無くしたように、ぽろぽろと言葉が落ちる。それは誰にも言えなかった不安の吐露だ。
「でも、平気。もう」
「私、結婚するんですって」
そう◎は笑った。
どんなやつだ、という問いに対して。
「さあ。初対面だもの。どんな人かなんてわからないわ」
個性と外見の特徴を伝える。
「でも、少し怖そうな人だった」
実感がなかった。
(平気とか…なんだよ)
(この家からいなくなるってことだろ)
(なんで)
想像しようとして、できなかった。頭から排除するには◎はこの家にあまりにも馴染みすぎている。生まれたときから一緒にいるのだ。右手を失くた状態で今と変わらずに生活できるか。◎がいなくなることはその想像に似ていた。違和感が多すぎて断片的で浅はかな想像しかできない。
(平気なんかよ)
平気でなければいけないからそう言ったのか、本当に平気なのか、そんなこともわからなくなった。
見合いの後、正式に婚約者になる。
◎から轟家へ交流に行く。
「私の幼馴染もヒーロー目指してるから。時間、無駄にさせたくないわ。本は電車の中でも読めるし平気」
会って行くうちに◎に心が寄って行く焦凍。
「幼馴染って、男か」
「うん」
「仲いいのか」
「うん。兄妹みたいに」
「…お前、そいつのこと好きなのか」
「うん。好きよ」
焦凍と婚約者になった後、保冷剤・カイロ代わりに勝己に触れることを控える。
国の定めだと焦凍を好きになろうと努力して、実際に好きになってもきている。
だけど時々悲しくて泣いてしまう。
同級生と個性婚の話。好きな人とかいたらやだよね、とか言われる。
「好きな人なんていないわ」
(一緒にいることはできないから、いないことにした方がいい)
体育祭の後、◎が焦凍と婚約者ということを知った人は、羨ましいとか勝ち組とか、例外無くプラスのイメージを持った。眉目秀麗、家柄もよく将来性のある焦凍と婚約者であることに嫉妬する者もいた。
「おめでとう」と言われるたび、「ありがとう」と返した。そのたびに勝己のことを思い出して絶望的に悲しくなった。
(私、勝己のことが好きよ)
それはやがて言えない言葉になった。
それを言わないことも、大人になるために必要なことなのだ。
―――轟くんはいい人。優しいし、私のことを大事にしてくれる。
轟くんと呼んでいた。焦凍くんになり、焦凍と呼ぶようになった。
●と呼んでいたのが、◎と呼ぶようになった。
勝己と焦凍が並んだ時、◎は焦凍に歩み寄るようになった。勝己のことを見ないようになった。
【通知を受けた者に課せられる義務】
・見合い後は半年以内に婚姻すること。
(ただし年齢が婚姻可能に達していない場合は、達してから半年後とする)
・婚姻後は五年以内に出産すること。
出産後は子供に関わる金銭は国が負担する。
※挙式は義務ではないが、個性婚義務者の場合は申請すれば補助金を得られる。
18歳で挙げた結婚式はたくさんの人の祝福された。
参列者の中には勝己がいた。
◎は泣いた。
それを見て、何も知らない人達はもらい泣きをして「お幸せに」と言った。
―――…花嫁姿の◎は、今までで一番綺麗だった。
*
結婚式の二次会
勝己と久しぶりに会話
「よう」
「うん」
会話が少ない。社交辞令的な話しかできない。
「俺は、お前が」
「いつもみてぇに笑ってりゃ、そんでいい」
「…ありがとう」
「焦凍、少し休んでくる。疲れちゃった」
「大丈夫か?俺も」
「大丈夫」
『いつもみてぇに笑ってりゃ、そんでいい』
「…そんなの」
一人で泣く
勝己と焦凍
「轟」
◎は勝己といる時が一番の安寧だった。それを勝己は知っていた。それは誰かに要求したところで、おいそれと適えられるものではないとも理解していた。
きっと◎は、勝己といれば手っ取り早く幸せになれる。だけどそれはできない。勝己は焦凍になれないし、焦凍は勝己になれない。
「あいつは身内みてぇなもんだ」
「泣かせんな」
そう言うしか無かった。
*
轟とセッ
「…優しくする」
「うん」
「こんなこと言っちまうと不安にさせっかもしんねぇけど…俺、初めてだから、痛かったり、なんかあったらすぐ言えよ」
「うん。大丈夫。私も初めてだから」
キス。少しぎこちない。緊張が伝わる。
男の人の手に触れられる感触が怖い。知らない獣に汚されるみたい。
勝己のことを考えると、少しだけ落ち着いた。
(勝己。勝己。勝己)
―――助けて。
ぽとりと、そんな思考が音もなく落ちた。
…嫌。
勝己以外に触られたくない。
胃の中の物を戻すようにせり上がったその思考を無理やり飲み込んだ。
涙
「…◎?」
「…ん」
「泣いてんのか…?」
「…大丈夫。少し怖いだけ」
「触って、焦凍」
その日、心を殺して身売りをした。
出産後、ふと
(…私、勝己の子供ほしかったな)
――――――
一番最初は。を含める世界線。ファーストキスは勝己だった。
その後の何もかもは、焦凍のものになった。
――――――
(※あまりにも辛すぎるので夢オチ作りました)
「今日、泊まってもいい?」
「別にいいけど」
「勝己の部屋がいい」
「ああ!?んでだよ!」
「昨日怖い夢見た」
「んだよ怖い夢って」
「…勝己と」
「…勝己と、話せなくなる夢。話せる距離にいるのに、話しちゃダメなの」
「どういう状況だよ」
「個性婚…が、義務化されてて、私は中学で結婚相手がもう決まってて、だから一番仲のいい勝己とは一緒にいなくなってた」
「はっ!なんだそりゃあ。ねーよ。くだらねぇ。クソ小説の読みすぎだろうが」
「でもすごく怖かった」
「ねえ、勝己」
「今度はなんだ」
「私、勝己のことが好きよ」
「知っとるわ」
「うん」
ほ、と安堵の息を吐く。