秘密基地の外。






(♀夢/英雄学/爆豪勝己/notヒーロー志望)

(※主が雄英編入後)
(※◎とは別主。第三者視点。1A。失恋)






「あ、爆豪」

「ああ!!?」

 何故だろうか。呼んだだけなのにキレられた。




 休日にやって来た体育館γには先に勝己がいて、彼もこれから体を動かすようだった。周りに人はいない。切島や上鳴がいないのかを聞いてみたが、「んで俺があいつらの行動把握してなきゃなんねんだよカス!!」とまた怒鳴られた。理不尽だ。どうやら一人らしい。

 一人か…。■はそう思考した。口元が緩みそうになるのを必死で引き締める。

 入り口付近で運動前の柔軟をしながら、■は話題を探した。口寂しさを埋めるようななんでもないような素振りを装い、勝己に話しかける。

「こないださぁ、あんたがいない間に男子が盛り上がってたよ。爆豪って性欲ないんじゃないかって」

「ンなくだらねー話してる暇あんなら授業の内容でも頭に入れてろやクソアマ!!」

「いや、話してたの私じゃないし。まあ話の内容に同意はしたけどね」

「知るか!つーかつまんねーことで話しかけんじゃねぇ殺すぞ!!」

 会話が二往復。いい方だろうか。世間話をしようとしているだけなのになんでこんなに怒鳴られるのだろうか。わかってはいたし、はじめから楽観視して臨んだわけでもないが、彼と会話するのは難しい。切島はどうやって仲良くなったんだ、と思ったが、切島に対しても例外なく怒鳴り散らしているのを思い出した。

 話題、話題、と探す。ただの世間話ではダメだ。彼も普通に応答してくれるような話題でなければ。




 あんな風に、
 と。




 頭の中にイメージが流れる。先日見た実際の風景。割と近しい記憶。
 胸中には勝己と少しでも多く話したい欲求と、理想像にもなりかけてるその風景が混ざる。何度も反芻して、それはもう記憶にこびり付いていた。

 それは、弱い手札ばかりの中に一枚だけあるジョーカーだ。この話はきっと、他の他愛ない話題のようにあしらわれることはない。■はそう信じていた。
 クラスメイトでいる内に、いつか勝己の前にその手札を出したいと毎日考えた。だが、教室で軽口として揶揄するつもりはなかった。だからジョーカーはずっと仕舞い込んでたままだ。

 今なら。

 胸を激しく叩く心臓に気圧されぬよう、勝己に気づかれないように浅く息を吐いた。勝己は気付かない。否。厳密には、■に興味を示していない、という方が正しい。

 ■は胸中の感情が声に出ないよう、教室で話す時の自分の再現を最大限意識して、口を開いた。




「あのさぁ…じゃあ、あんたにしかわかんないこと聞きたいんだけど」

「ああ!?んだよクソ!!」













「図書室で一緒にいる子、誰?」













 釣り上がるだけ釣り上げていた目は、途端にあるべき場所に戻るように平静な顔になった。その中には少しの驚き。そのことを■が知っているとは、全く想像しなかったようだった。













 たまたまだった。

 たまたま■は、勝己が図書室に入って行く姿を見た。腰パンの不良上がりみたいなやつが図書室なんて、単純に似合わないと思ってかなり驚いたのを覚えている。だが、勝己は座学での成績も優秀なことは知っている。密かに勉強でもしているのかと思い、ありえると思った。それで閃いた。あわよくば同じ席で同じ勉強をして、親睦を深められるのではないかと。
 翌日、少し高揚しているしている己を自覚したまま、教科書とノートを持って同じ時間に図書室に行った。やはり勝己はいた。

「ばく」


 ごう、と続く言葉は声になることがなかった。







 勝己の隣には、■の見知らぬ女子がいた。








(え)

 遠くからでも見える二人の姿に■は呆然とする。図書室内で声が響かないように小さい声で交わされる会話は、内容こそ聞き取れないものの、この上なく親しげに見えた。
 勝己と一緒にいる女子は朗らかに微笑んでいる。人と話すたびにキレている印象があるクラスメイトは、ひどく落ち着いた雰囲気の中にいた。

 え?と、また繰り返す。思考が抜け落ちたまましばらく二人を見ていた。

 女子が携帯端末の画面を見せて、勝己はそれを見ると受け取って移動する。表情は嫌そうにしていたが、移動の足取りは軽い。何かを探すのを手伝っているらしい。

 あれ、爆豪…?と、自分が見たものを信じられず動揺した。勝己が自分がいる方向に来そうになった時、思わず別の列の本棚の影に隠れてしまった。ドクン、ドクンと鳴る胸の激しい鼓動は耳にまで響いてくるようで、動揺を更に膨らませていく。足音は■のいる本棚の一つ向こう側の列に入った。


 本棚一つ向こうに勝己がいる。本棚に並んだ本の隙間から向こう側を覗いた。金髪の爆発頭が本棚を眺めながら歩いている。ある場所で止まると携帯端末と本棚の一点を見比べる。その中から一冊の本を抜き出し、携帯端末と並べると踵を返した。
 振り返る時、こちらを向きそうになったので本棚に背中を向けた。紙一重で察知されそうな隠密行動をしている気分だ。


 勝己の声で、◎、と呼んだのが小さく耳に届いた。動揺で胸が動悸が激しいせいだろうか。それは別の次元から発せられたように、遠い場所から聞こえた気がした。こんなに近い場所にいるのに。

 普通のなんでもない声。だが■は、敵意がなく怒鳴り声でもない勝己の声なんてほとんど知らなかった。こんなに当たり前のように誰かのことを呼ぶ勝己の声を、聞いたことがなかった。◎とは、恐らく彼女の名前に違いなかった。


 軽い足音は勝己のいる本棚へ近付いてくる。見ていないけれど、二人の距離が縮まるイメージが克明に浮かんだ。

「これだろ」

「あ、そう!勝己すごい、ありがとう。昨日からずっと探して見つからなかったのに」

「視野が狭ぇんだよバーカ」

「ふふ、楽しみ」

「いいからさっさと借りて来いや」



 まるで体の中身がどしゃっと落ちるように、体の力も思考も床の底まで抜けていった。
 ■は勝己の新たな一面を知った喜びを自覚した。それと同時に、胸に灯っている淡い恋には、欠片の希望もないのだと思い知った。全て、思い切りよく、■の望みは完全に奪われた。あの穏やかな勝己の雰囲気に。

 二人に見つからないように、気配を消して一人図書室を出た。それ以上見るのは、心が割れそうで怖かった。










 問いかけた先の勝己は数秒目を見開いていたが、瞬きの後に静かに■を見る。その目には警戒の色があった。
 睨みつけてくる目に、踏み込んでくるな、と言われている気がした。

「…てめェに関係ねぇだろ」

 唐突に冷静な声。
 勝己はふいと顔を逸らし、それ以上の回答をするつもりはないと言うように■から離れていく。手を後ろに構え爆破で高い場所まで飛び、遠くなっていく。その行動には確実に、■からの追跡に対する拒否があった。
 ■はその背中を目で追う。無音の中で洪水が溢れていく。そんな胸に広がる寂しさを感じた。

「あっそ」

 独り言のように呟く。感情を必死に抑えた声で。



 誰かも教えてくれないんだ。



 そう思考して、■も勝己とは別の場所へ足を向けた。耳には勝己が発している激しい爆発音が届く。


 …そう思ってはいけないと思う。深みに嵌るとわかっている。なのに、別の生き物が遠慮なく心に恋情を広げていく。この爆発音が恋しいと心の中に淡い熱を広げる。理性的な思考は無力だった。

(…遠くに行ってくれてよかった)

 きつく締め付けられる胸をどうにか押さえつけたくて胸元のシャツを強く握る。眉間が強張る。奥歯を噛み締めて、それでも足りなければ舌を噛んで、目を固く閉じた。だが奮った感情は目元を熱くして、堪えきれなかった涙が零れた。泣きたくない。そう思うほど涙が止まらない。子供が転んで痛くて泣く時のような気分だ。自分の力がひどく弱く感じた。

 ■は勝己から見えない場所まで行き、しばらく袖が冷たくなるまで濡らした。その中で、頭とは違う場所から想像がやってくる。勝己が傍に来て泣き止むのをじっと待ってくれている想像が。そんなことはありえないとわかっている。そんな夢みたいな想像をしてしまう心の軟弱さに情けなくなって歯を食いしばった。なのに、どんなことをしても涙が永遠に止まらない気がした。

 胸が苦しい。嗚咽のせいで息を止めることすらできない。早く、早く泣き止まなければ。誰かにこの涙を見られる前に。

(爆豪…)








 練習場の中にはずっと、イラついたような激しい爆発音が響いていた。




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