静かな朝と君。






(♂夢/英雄学/轟焦凍/片思い)



恋なんてするもんじゃない。
 それは己を失う盲目的な煩悩で、雑念でしかない。消そうと思っても消えない。コントロールできないんだから個性の制御よりも非常に厄介な執着心だ。

(いや、そもそもこれは恋なんかじゃない。だって)

 相手は。





 俺、●○の朝は早い。ラッシュ前のガラガラの電車に乗って、教室はいつも一番乗り。他のクラスメイトが来る前の無人の開放感は気持ちいいものだが、目的はそんなんじゃない。

一番後ろの席を通り過ぎて、自分の席に座って頬杖ついて窓の外を見る。このクラスに限らずまだ生徒はほとんど来ていない。学校全体が静かだ。眠る世界が少しずつ目を覚ましていくような刹那的な時間。誰もいない数十分は平素感じる時間より短い。自分しかいない無音の心地良さは次に来る誰かによって終わる。俺はそれに期待と焦燥を抱いていた。

 ガラ、と教室のドアが開く。

 二番目に入ってくるのは、だいたい飯田か轟か八百万だ。ドアの開け方でだいたい誰が入ってきたかわかる。今朝は割と勢いよく開いた。ドアが開く音と共に「おはよう!」の挨拶…は、なかった。飯田じゃない。ってことは…。
 挨拶しなきゃ、と思うと同時に口が渇くのを感じる。口の中を舐めて唾を飲み込むと、何でもない風に窓に向けていた目を入り口へ向ける。

「はよ、轟。相変わらず早えな」
「それ一番に来てるお前が言うか」

 はは、と笑って受け流す。それ以上なにを話していいのか全く浮かばなかった。頭に出た言葉が、お前と二人になれるからだよ、だったからだ。その瞬間に口を閉ざして、それ以外の選択肢を遮断した。言えない。言えるわけがない。

 これ以上会話を続けるのが不自然な間が空いてから、「登校時間くらいはお前より早くなりたいんだよ」とか続けりゃよかったかも。いや、登校時間早いなんて心底どうでもいいな。轟に「なんでだ」とか聞かれても困るし。うん。心底困る。

 普段通りな体を装って窓の外に視線を戻す。この行動は動かなくていいから不自然な言動に繋がらないし、空を見るのが好きですよっていう言い訳もできてしまうからすごく有効である。実際空の色や雲の形すら碌に見えてない体たらくだけど、仕方ない。これ以外に外形的に自然な状態が思いつかないんだ。外に目を向けながらも、轟が発する足音、鞄を置く動作、教科書を出す動作、椅子に座る動作に聞き耳を立ててしまう。そんな些細なことにすら惹かれてしまう。マジで病気だこれ。









 お察しの通り、俺は轟を過剰に意識している。きっかけなんてすごい些細だ。

 レスキュー訓練の授業でUSJが襲われた時、俺は土砂ゾーンに落ちたんだ。ちょうど敵の真上に落ちて、やべえと思って個性発動させようとしたらその前に氷が疾った。訳がわかんなくて、は?とか思ってるうちに俺は林立する敵の氷漬けの間に落ちた。その衝撃と連鎖して、戦闘訓練でビルごと凍らせた轟の存在を思い出す。氷の上いてぇとか思いながら体を起こして、敵の目が向いている方向を見ると奴がいた。

 氷を出したのが轟だから当然なんだけど、俺から見ると氷の行き着いた先に轟がいた。敵を見ている冷徹な目が同い年と思えないくらい怖くて、冷気の中で佇む轟がすげぇ綺麗に見えた。口から漏れる白い息すらも、一瞬ごとに美しかった。


 俺が轟に惚れちまったのはその一瞬だ。


 土砂ゾーンにいた敵を一瞬で戦闘不能にして脅しを効かせて襲撃の目的を聞き出すとか、その辺りは我に返ってこいつやっぱ伊達じゃねぇとか思ってたんだけど、一枚絵みたいに記憶された轟が頭から離れなかった。ふとした時にパッとそれが頭に映る。授業中とか、飯食ってる時とか、電車ん中とか、寝る前とか。
 曲がりなりにもヒーロー志望なら、敵制圧の先を越されて悔しいとか、そういうこと考えるべきだろうに。それよりも、轟って奴はなんて綺麗なんだろうって考えてしまう。

 この緊張は、三人目の誰かが教室に入り、四人、五人と人が増え賑わっていくごとに緩んでいく。轟と二人きりで同じ空間にいるのなんて、俺が一人で待機している時間よりずっと短いけど、その数分感はひどく濃密な時間として俺の胸を満たした。

(単純だ)





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