黒い輪郭。






(独創物)

汚い部屋に飼われていた。満足できることなんて一つもなかった。毎日毎日吐き気を催す空気に包まれて、虫に体を這われ、臭い男に抱かれていた。体はいつも痒かった。鬱陶しく伸びた髪はいつも引っ張られていた。殴られていた。
この部屋の中は地獄だ。この部屋の外は、私の知らない無数の地獄だ。
この地獄は、どこへ行っても永遠に続くのだと、完璧な確信が耳元で囁いていた。何度も。何度も。何度も。何度も。
殴られるたび、抱かれるたび、窓から入り込む明るい光を見るたび、私は心はざわざわと蠢き、黒い何かを少しずつ育てていった。長い年月を掛けて、私の体より遥かに大きくなった黒いそれは、私に殺意というものを教えてくれた。それまで何も知らなかった私に唯一芽生えた、具体的な存在感のある確かな意思だった。
殺そう。
言葉にならなかったけれど、そんな意識が私の中に輪郭を作った。黒い輪郭はナイフを持ち、私はそれとまったく同じ動きで包丁を握る。先行して動いていた黒い輪郭の動きに私の体は少しずつ近づいていき、私たちの足は耳障りなうるさい寝息に近づいていく。横たわっている大きいブヨブヨの体は臭く、黒い輪郭がさらに明確になっていく。両手で持った包丁をゆっくり振り上げて、黒い輪郭と私が重なっていく。汚い体を見下ろして、そして私たちは同時に振り下ろした。
それは永遠にも感じる一瞬で、包丁を首に突き刺した瞬間、私の時は再び止まった。見開いた目が網膜に焼き付いた後、視界を遮るように温い血が勢い良く吹き出た。
私は張り飛ばされ床を転がったが、それ以上の私に対する攻撃はなかった。ひゅー、ひゅー、と空気の流れる音がして、男を見ると恨みの目で私を睨みながら掴み掛かろうと手を伸ばしていた。きっと殴り足りないのだ。だけどその場から動けないようで、恐ろしい形相で私を目に捉え続けていた男は、やがてぱたりと絶命した。
私は、地獄が終わったのだと漠然と感じ取っていた。だけどその終わりの呆気なさに、まだ一人取り残されていた。黒い輪郭はいつのまにか忽然と跡形もなく消え、私は部屋の明るさを生まれて初めて目に映した気がした。
地獄は終わった。だからといって私はこの部屋から出る辷を知らない。束の間の平和の間、日に日に腐臭は元々の部屋の臭いに混じり、鼻をむしり取りたかった。きっとこのまま私は死ぬんだと、絶望と幸福を同時に感じつつ、私は意識を手放すのを自覚しながら、部屋の外の喧騒を遠くに聞いた。




×