雨の日。七






(お粗末/あつトド)

スタバァのドライブスルーで飲み物を買って、県境をひとつ越えて暗い道を走った。以前何となしに調べた夜景スポットに行こうとしていた。
こういう道で、道端に女の人が立ってる怖い話あるよね、と何気なく言ったら「え、ちょっとやめて」と素で嫌そうな声を出された。おや、と思う。
「トド松くん、怖い話ダメなの?」
「いや、別に怖いってわけじゃないけど!でもそういう話したら来るって言うし、男二人で怖い話とかさぁ、別に意味ないじゃん?」
笑ってそう言っていたけど、口元の笑みが歪んでいた。あ、怖いのかと、彼の弁明を左から右に流してそう思った。自分の口が緩むのがわかった。これは面白いぞとほんのりと嗜虐心が芽生える。
「僕は怖い話好きだよ?大丈夫大丈夫。車で怖い話ずっと聞いてても、血塗れの女がサンルーフから手を伸ばすことなんて無かったし、ざんばら髪の老婆が車と同じ速度で追いかけてくるなんてことも無かったから」
「ちょちょっ!止めようってば!!マジでやめて!」
僕が怖い話をしようとしているのを察すると、僕の声をかき消すようにかなり大声でそう言う。すごいうるさいけど、必死すぎるのが面白くて僕は笑いを堪えることができず、運転中なのに声を出して大笑いしてしまった。
「ちょ…笑い過ぎ!!」
「だって…ははは、トド松くん、この車サンルーフないよ。平気だよ」
「でも想像しちゃうでしょ!」
「ふふ、ごめん。ふふふ…」
僕の笑いは止まらなくて、彼も何言っても止まらないとわかったようで、もう!と唇を尖らせた。
数分間笑っていたと思う。その間彼は一言も話さなくて、ようやく笑いが収まった時にヤバいと思った。
「トド松くん、怒ってる?」
「別に」
一目瞭然に不機嫌だ。まずいな、と思う。と言っても、僕がからかって彼がヘソを曲げることは初めてではないし、こんなことで本気で交友関係にヒビを入れるような女々しいデリケートさを持ってる男でもないと知っている。可愛さを演出してもトド松くんはやはり男だな、とは何度も思った。しかし、交友関係にヒビは入らなくても、このままだと今から過ごす時間が楽しいものではなくなってしまうことは避けられない。うーん、どうしようか。
何かフォローしないとな、と考えながらも僕は割と楽観的だった。それよりも山道の明かりが思いの外少なくて暗いから運転の方に集中していた。自然に黙してしまい、車の中は走行音だけが聞こえている。
視界の脇でトド松くんがちらと僕を見る気配がして、そのまま運転席と助手席の間から後ろを見る。数秒そうした後、前を向いて座席に沈んだ。
「………ねぇ、ラジオとかかけない?」
「ああ、いいよ。今道細いからちょっと待って」
「ん」
やっぱり怖がらせてしまったかと思う。暗い山道だし、明かりも少ないし、正直僕も全く怖くない訳じゃない。トド松くんの言う通り何かしらの想像をしてしまう。ただ、僕は幽霊なんて一回も見たことないし、非科学的、思い込み、自分とは違う世界の現象と思うことができている。彼はそういう恐怖心の処理が苦手なのかもしれない。
広い道に出て見通しが良くなってから車を路肩に停めて車内の電気をつけた。
「ラジオだと電波悪いかもね。CDでもいい?」
「何あるの?」
「WAVEとか赤塚ケントとか、あと洋楽かな」
「あーなんかイメージ通り………うわ、一つだけ森佐世子がある!あつしくんここだけ音楽の趣味古くない?僕らの親の世代じゃん」
「ああ、それ凄い前にサービスエリアで買ったやつ」
「佐世子聴こう佐世子」
「トド松くん音楽の趣味古くない?」
ニヤニヤ笑いながらCDをセットして裏面の収録曲を眺めると「これ母さん皿洗いながらよく歌ってるー」とか言って笑った。曲が流れ始めてから電気を消して再び車を発進させる。車内に昭和の歌謡曲が流れて、サビの部分だけトド松くんの鼻歌が小さく聞こえた。三曲目が終わりかける辺りで彼からククッと息が漏れた。
「あつしくんが森佐世子のCD持ってるのウケるね」
明るくそう言う声に、それは良かったと返した。森佐世子買ってて良かったな。




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