雨の日。六






(お粗末/あつトド)


 おそらく、恋愛映画に無意識に自己投影して、普段意識していないことが過剰になってしまったんだ。
 DVDを取り出して、ゲームをして、今月中のどこかでスタバァでお茶をしようと約束をして、たまには旅行にも行きたいという話をして、僕が張り切って作った夕飯を二人で食べたら、先ほどまで生々しく渦巻いていた恋心や独占欲や嫉妬や落胆は嘘みたいに過去のものになった。映画に影響を受ける質ではないと思っていたが、存外そうでもなかったらしい。誰かと一緒に観たからだろうか。
 送っていくよ。でもまだ服乾いてないよ。今日中には乾かないから今度会った時に渡す。
 20時前くらいにそんな会話をして、車のキーを持って外に出た。雨はとっくに上がってて、空には星が見えた。
 駐車場まで降りるまでの間に、これからトド松くんを助手席に乗せるのか、と少し緊張した。別に誰かを車に乗せるのは初めてじゃないけど、なんとも思ってない人を乗せるのと、意識している人を乗せるのは違う。当然だけど。
 トド松くんが助手席に座ることを考えたら、女の子は喋る空気みたいなものだ。走行中はどうしても運転に意識が向くし、助手席に誰を乗せていようがあまり関係がない。この後少し寄り道したいなとか、このまま二人でどこか遠くまで走りたいなとか、そんなことを思うことなく、目的地と交通状況と明日の仕事のことだけ考えてれば良かった。このまま二人で逃げるように県境を越えた山に入って、満天の星を見に行きたいなんて考えることはなかった。
「星でも見に行かない?」
 マンションの階段を下りながら、後ろに続くトド松くんを振り返りそう問いた。本当に唐突に言ったので自分でも少しびっくりして、羽よりも軽く言葉が出たなと思った。トド松くんは、いいね、行こう行こう、と二つ返事で笑った。何も考えていないのかは知らないけど、即決で答える彼はこざっぱりとしていて、やはり付き合っていて気持ちがいい。
 このまま素直に送って、明日からまた会社勤めの日常に戻るのが嫌だったのかもしれない。トド松くんとまだ一緒にいたかった。彼と一緒にいるのは楽しい。
 彼は夕飯の時もそうしたように、家に電話をした。夕飯の時は献立を聞いた上で僕の家で食べることを決めたようだった。松野家の今晩のおかずはちくわだったらしい。生ハムのサラダとかシチューとかその他付け合わせで釣れなかったらおそらく彼は4時間前に帰っていた。いや、そしたら金を下ろしてでも別の何かで釣ったかな。
「あ、十四松兄さん?僕。…いや誰それ。ジンバブエって何?トド松だよ。僕ちょっと遅くなるから母さんに伝えといて。…野球じゃないよ十四松兄さん」
 呆れと笑い。仕方ないな、という顔。力の抜けた雰囲気。他人が割り込めない間柄を感じた。やっぱりトド松くんは家族が好きだよなと思う。
 それを見て、僕の家族はどうだったかなと思い返す。不仲ではなかったし良好な家族だったと思うけど、仲が良いかといえばそうじゃない気がする。家族でも所詮は別の人間、というのをうっすらと思っていた。家族の愛情はあるけど、トド松くんの話から伺えるような一体感はない。僕の母は冗談のわからないおっとりした人だし、父親は真面目だ。恐らく僕が仕事をせずに家で堕落した生活をしても、楽観的に「ニート」と呼ぶことはないだろう。社会人として認められてるからこそ和平が成り立っている家族だと思う。
 彼の家については話で聞いているだけだし、一部しか知らないから実際よりも美化された認識をしている気がするけど、それを抜きにしても僕の家が普通で、トド松くんの家が特別なんだろう。六つ子だし、一人でも欠けたら家族の中の違和感の修復は難しそうだ。
 六つ子なんて良いもんじゃないよ。五人の敵だよ。といつしか彼は言っていたけれど。




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