神の子。







(お粗末/パラレル/六つ子)


この地には、社に赤子の声がするという。
誰の子でもない。だから皆は社に生まれた子供を神の子と言った。

文献によると、神の子を育てた家は繁栄し、末永く幸福に暮らせるという。そんなおとぎ話のような言い伝えが根強く語り継がれていた。誰もが絵空事だと思っていたが、ある日、本当に社から赤子の声が聞こえた。神社の神主が社の戸を開けると、赤子が六人いた。

「まさか本当にいるとは」

神の子を誰が育てるかという話になったとき、誰もが我こそはと名乗りを上げたが、神主の判断で、信心深い六家が育ての家に選ばれた。
みな神の子に対して我が子のように愛情を注いだ。言い伝えの通り、神の子がいる家は裕福になり、いいことばかりが起こった。それがただ続けばよかったのだが、六家はやがて、自分たちが一番幸福になることを望みはじめた。そんな欲が強まるうちに、互いの家を憎く思いはじめた。

神の子は六つ子として生まれたため、顔が同じであった。

赤い家の子が外で遊んでいると、青い家の子がやってきて一緒に遊んだ。まるで自分が二人いるようだと面白がった。育つ家は異なれど生まれは同じである。二人は馬が合いとても仲良くなった。
一緒に遊んでいるうちに緑の家の子が加わり、紫の家の子も仲間になり、黄の家の子も一緒に遊びたいと飛び込んでいき、みんなで遊ぼうと桃の家の子も手を引かれた。
他の家の子なのに、変なの。でも、こうして六人いるのが当然のようだね。
六人は物心ついた頃から共に過ごした家族よりも、同じ顔の友人たちへ心を許した。否、許す許さないではなく、互いが自分のようだと感じた。顔が同じだからということだけが理由ではないように思えた。六人でいることが好きであった。



「あの子たちとは遊んではいけん」



と、六人全員が親から言いつけられた。どうして、と聞いても、どの親も言うことを聞きなさいと言うだけだった。子供たちは親からの言いつけに悲しくなったり疑問を抱えたり混乱したが、理由はきわめて単純だった。自分の幸福が、他人の家に取られるのが嫌だったのである。六家の誰もが、自分の家こそもっとも幸福であるべきと思っていたのだ。

だが、神の子たちは親の言いつけに納得できず、言いつけを守っているふりをしては隠れて六人で会って遊んでいた。

六人はある時、異国の地からやってきたという男と出会った。前歯が印象的な男は、よく華やかな話をしていたが身なりが見窄らしかった。イタズラ好きな六人にからかわれ、ムキになって構っているうちに仲良くなった。男は六人といる間、不思議と食べるものに困ったことがなかった。
男が六人と仲良くしていると知った六家は、見知らぬ男が自分たちよりも幸福にならないように男を殺した。そして言いつけを守らなかった神の子を叱責した。

またある時、片手におでんを持った子供が一人で遊んでいた。六人は新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに子供をからかって遊んだ。子供は反抗したが、六人と一緒にいるときは寂しいと思うことがなかった。六家の親は子供が自分たちより幸福にならないように子供を殺した。言いつけを守らなかった神の子を折檻した。

またある時、緑の家の子は行楽サーカス一行の少女に夢中になった。少女は猫の耳と尻尾と手が生えた異形の子で、一行の看板娘であった。隙あらば少女に会いにいく神の子を見た緑の家は、匿名で少女に夥しい数の中傷文を送りつけた。少女の心は深く傷つき、緑の子から逃げるようになった。緑の子は深く悲しんだ。

またある時、紫の家の子は猫を愛でることに夢中になった。紫の子が猫を気にかけ始めてから家の庭の池や草木が枯れはじめたので、紫の家は猫を惨殺した。紫の家の子は心を閉ざしてしまった。

またある時、黄の家の子は物憂げな少女に恋をした。彼女を笑顔にするために黄の子は今まで考えたことがないくらいたくさんのことを考えて面白いことを披露した。少女はそのすべてに声をあげて笑い、やがて二人はお互いを好きになった。それを知った黄の家は神の子が奪われることを恐れ、野蛮な男に少女を犯すようけしかけた。少女の純潔は汚され、不貞な娘と罵られた少女は深く傷つき、黄の子の前から姿を消した。黄の子の目から色が失われた。

またある時、桃の家の子は裕福な友人ができた。裕福な友人は桃の子が知らない甘いお菓子やおもちゃを持っており、桃の子は裕福な友人を気に入った。二人はよき友人となったが、裕福な家がさらに裕福になると同時に、桃の家に親戚の不幸話が舞い込んだ。桃の家は裕福な家に自分たちの幸福が奪われたと思い、裕福な家に火をつけた。裕福な友人は土地を移らなければいけなくなり、桃の子に手紙を書くと約束した。手紙はすぐにやってきたが、桃の子の手に渡る前に破り捨てられてしまった。手紙は何通もきたが、すべて桃の子に渡ることはなかった。桃の子は寂しくて、うそつきと泣いた。

育ての親の目論見通り、それぞれの家は幸福になった。だけど神の子は幸福ではなかった。


神の子は成長すると、言い伝えの神の子のおとぎ話を知った。そして、神の子が自分であることを知ると同時に、自分の幸福をつみ取っているのが自分の親であることを知った。そのときの衝撃は、天地がひっくり返るほどだった。親は己の幸福のために自分たちを制約していたのだ。己の幸福のために、自分たちの大切なものを奪ったのだ。こんなことが許せるだろうか。

「許せるわけねぇじゃん」
「今こそ行動を起こすときだ」
「さあ、どうやって痛めつけてやろうか」
「長い時間をかけて地獄に落とす」
「できること全部やっちゃおー!」
「僕たちの100倍は苦しんでもらわないとね」

神の子が笑った。言葉を交わさずとも、六人は同じことを考えていた。当然だ。自分たちは兄弟であり、異なる場所で同じ境遇で過ごしてきたのだから。

幸福とは何かを考え、神の子はそれを一つずつ壊していった。六家の親は、どうしてこんなことに、と己の不幸を信じることができずに嘆いた。

「父さん母さん、悲しい?俺もね、友達が殺されて悲しかったよ」
「先人たちはいい言葉を残した。因果応報とは、まさに今の父さんと母さんを表したものだろう?」
「僕が父さんと母さんの幸福を呼ぶ存在には変わりないみたいだから、二人が救いだと思うものを僕が全部潰していくね」
「当然だよね。今まで父さんと母さんが僕にずっとしてきたことだもん」
「悲しいよね?苦しいよね?つらいよね?父さん、母さん、僕の気持ちわかってくれた?」
「わかってくれても許さないよ。父さんと母さんにはただの邪魔者だったんだろうけど、あの子は僕の大事な友達だったんだ」

ーーー父さんと母さんは僕のことを独り占めしたくてたまらなかったんだもんね。大丈夫。僕はずっと一緒にいるよ。だから安心していいよ。二人はずっと幸福。だって僕がいるんだから。





「だって、神の子だもの」





くすくすくす。あはははは。

六家は、過剰な浪費をされ、家財道具を売り払われ、過去の行いを話されて他の家から非難を浴びせかけられた。神の子がいることによって最悪の事態は免れているが、このままでは神の子によって幸福になれないと焦燥した。今の時点で、普通の家よりも自分たちは不幸だと思った。いっそ閉じこめてしまおうと考えはじめた頃、神の子たちはこんな話をしていた。

俺たちが一緒にいたんじゃ、父さんと母さんは不幸にならないな。
俺たちの手で絶望に陥れたかったんだが、残念だな。
僕たちが加護になってしまっているなら、家を出ればいいんじゃないかな。
でも、俺たち自身は幸福になれないから家を出ても生きていけないかも。
どーすんのー?
じゃあさ、生きていかなきゃいいんじゃないの?

六人で死のうよ。そうだね。うん。いい考えだ。じゃあ、万が一にも生き残らないように一斉にあの崖から飛び降りよう。さんせーい!



(こうして神の子は自ら命を絶ちました。
その後、六家が不幸になったのか神の子は知る由もありません。だけど、神の子にとっては終わった話です。
もう両親の私利私欲に振り回されることも、自分の好きなものを奪われることも、ずっと一生ありません。だからよいのです。
神の子はまた同じ地で同じ時に生まれ落ちたのですから。)


「ぃよっしゃー!イヤミ、時空を越える馬選んじゃだめだよ〜」
「ふっ…人に、夢を与えたい」
「にゃーちゃーん!超絶かわいいよにゃーちゃーん!」
「俺も、ごめん」
「また会えマッスルマッスル!ハッスルハッスル!」
「あ、あつしくんは?あ、いやだめだ一軍。見た目悪くないし車持ってるし」

「ニートたち。ご飯よ〜」
「は〜い!」

「お中元でビールをもらったんだ。お前たち一緒に飲むぞ!」
「やった!父さん最高〜!」

「かんぱーい!」



(自分たちを愛し誠実で優しいこの両親に、どうか神のご加護がありますように)




×