狸寝入り。








(♂夢/ダイ冒険/ヒュンケル/『大地の底の睦み』同一主)



「団長」

ドアを開くと同時に声をかけたが、室内を見ておっとと口を噤み、咄嗟に足を止めた。その場でしばらく部屋の中の様子を伺ったが、動きがないのを確認すると音を立てないように再び足を進め、静かにドアを閉めた。意図的に気配を消しているとはいえ、それでもこの人ならば察知しそうなものだが、ヒュンケルは椅子に腰掛け頬杖をついたままじっと俯いている。疲れているのだろうか、それとも危険を感じていないから反応がないのか。目の前まで近づくと、ヒュンケルの体がわずかに上下しているのがわかる。それと同時に聴こえる微かな寝息。

(この人が寝てる姿なんて珍しいな…)

▽は物珍しさからその場を離れる気が起きず、手合わせの目的をさておいて、彼の寝姿を眺めることにした。静かに椅子を移動させ、そっと静かに置くと自分も腰掛けてそのままじっとヒュンケルを見つめた。自分が起きた時にヒュンケルが傍にいることは多々あるが、その逆は滅多にない。人前では極力眠らない人と思っていた。それとも、ダイの仲間になってからは魔王軍にいた時よりも警戒心がなくなったのだろうか。
魔王軍には食わせ者が多く、油断した瞬間に足元を掬われるやもわからないと話していたのを思い出す。その言葉に一考の暇なく納得したことを覚えている。実際、フレイザードは地底魔城でダイ諸共ヒュンケルを殺そうとした。その当時と比べると、うたた寝をしてしまうのも不自然ではないか、とポツリと思う。

「」

自分がもっと強ければ、他の六団長を凌ぐほどの実力をその時から備えていれば、この人は自分に油断した姿を見せてくれたのだろうかと、過去に思考が過る。殺伐とした中で孤高に生きるこの人の生き様が好きだったけれど、こうして魔王軍を離れた後に安穏とした姿を見せられると、言いようのない口惜しさがある。
悔しい。
他からの力でこの人が変わるならば、変えるきっかけは自分でありたかった。

「団長」

小さく、呼んでみる。呼び掛けるよりも呟きに近い。ヒュンケルは起きない。
息を吸い、音にならないように溜息を吐いた。顔に手を当て、思い悩み眉間に皺が寄る。じっとヒュンケルのことを考える。というよりは、ヒュンケルのことだけしか考えられない。
しばらくそのままじっと何かを考え、▽はまた口を開く。

「団長、好きだよ」

それも呟きだった。たとえ彼が起きていて今の言葉が耳に届いても構わない。お互いに気持の察しはついているだろうがお互いに言葉にしたことはない。お互いに気持に察しはついているだろうが、改めて言うにはタイミングを掴めないでいた。情けない、と自分に呆れた。
▽は立ち上がり、ヒュンケルの足元に跪くと寝顔を覗きこんだ。最早彼を起こさない気遣いはあまり考えていない。目に焼き付けるようにその寝顔を見つめ、そして自分の中で音のないスイッチが体を動かす。体を伸ばし静かに顔を近づけると彼の頬に唇を触れさせた。鼻先が肌に触れ、銀髪が顔にかかった。数秒唇と頬が触れていたが、やがて再び距離を作った。それでも瞼を開けないヒュンケルの寝顔をまたしばらく見つめ、それから静かに離れる。これ以上他に誰もいない部屋で二人きりでいたら、好き勝手にしてしまいそうだった。
自制心のない行動に、自分にも緊張感がなくなったなと、再び呆れた。頭を冷やそうと思いヒュンケルを待つのを諦め、▽は再び部屋を出て行くことにした。部屋の外でやはりヒュンケルの姿を見ながら、▽はゆっくりドアを閉めた。



「………」
一人部屋に残されたヒュンケルは、▽の唇が触れていた頬にすべての意識が向き、体の温度が極度に上がっているのを自覚した。
密かにその先を期待してしまった己の淫らさをかき消そうと、頭を抱えて無心になることに集中した。




×