心の鎧はいまだ堅く。








(♀夢/ダイの大冒険/ヒュンケル/幼馴染/本人不在)



クロコダインから「人間のことをもっと多く知るべきだ」と言われてから、△は単独行動が減った。それでもやはり一人旅が長かったためだろうか、長く誰かと共にいるということはなく、時間を見つけては一人ふらりと散歩へ出かけたり、行き先を伝えずルーラで姿を消したりと、それまでの名残が多く見える。生来一人でいることを好む性質なのだろうか、急にいなくなっては不便だからと誰かを見張りにつけても、それをするりとかいくぐって何処かへ消えてしまう。ダイたちと行動を共にするようになっても、△に対する神出鬼没の印象は変わらなかった。
だが唯一、ヒュンケルといる時に限ってのみ、ふらりと突然消えることはない。仮にどこかへ行ったとしても、黙っていなくなることはなく、いつまでには戻ると言い残すのだから、いくらかはマシだ。ヒュンケルも△のその性質を理解しているため、△が「一人になりたい」と言えば黙って見送ってしまうのである。考え事が済めば戻ってくる、とヒュンケルは△を止めることもない。そしてその通りに、△は宣言通りに戻ってくる。

幼馴染ゆえの信頼関係なのだろうか、ヒュンケルと△の間には、他者が干渉できない絆があった。
そしてダイたちといるようになってからいくらか時間が経つが、△がヒュンケルと接するように、他人との壁を取り払う様子は未だなかった。物腰が柔らかくいつも優しくやり取りをしてくれているので、不本意でここにいるというようには思えないが、どうにも△が保っている距離感が大きいと思えてならなかった。

「△って、おれたちのことあんまり好きじゃないのかなー…」

ダイがそう呟いたのは、△が忽然と消えた幾度目かの時で、それを聞いた面々はごく自然な流れで、ほぼ無意識にヒュンケルに目を向けた。自分に集まった視線に、言葉無く己に返答を求めていることを察し、ヒュンケルは思考を挟まずに口を開いた。

「あいつは基本的に人を嫌わん。考え事があると一人で納得いくまで考えているだけだ。心配するな」
「じゃあ、ヒュンケルにも話さないの?」
「そうだな、あまり聞かない」

知る中で最も△と親しいヒュンケルでさえ、△の考え事を滅多に聞かされないということは、それほど気にすることではないのだろうか。それにしても、剣と魔法の腕もあり、人望もあり、博識な△が頻繁に一人になって、いったい何を考えているのだろうか。気になるが、わざわざ一人になって熟考している内容を、尋ねたところで話してもらえるとは思えなかった。何度も戦いに加勢してくれている△だが、彼女に対する謎は未だ多い。知っていることといえば高い戦闘力と、アバンの義兄弟ということくらいだった。このパーティーの中では修業時代を共にしたヒュンケルが、唯一△と気心の知れた仲と言えよう。
ダイとヒュンケルの間には△の話題が続き、傍らで二人の会話を聞いていたレオナが急に口を挟んだ。

「ねえ、私ずっと思ってたんだけど」

第三の声にダイとヒュンケルの会話は止まり、視線がレオナに向く。レオナはヒュンケルをじっと見つめており、ヒュンケルも何事かとレオナを見つめた。レオナは至極真面目な顔で発言を投下した。

「あなたたち、本当に付き合ってないの?」

素朴な疑問をそのまま声にしたように、問いかけは淀みなくレオナの口から発せられた。しかしそれに答える声はなく、ヒュンケルはレオナに目を向けたまま固まっていた。何を言われたのか理解できないとでも言うかのようにダイと二人できょとんとしていたが、やがて眉間を寄せ、レオナの発言を不可解に受け止めたことを隠さず、怪訝な表情を見せた。

「何と…?」
「付き合ってないの?」
「…付き合う、とは…?」
「やーねえ、恋人としてよ」
「オレと、△がですか?」
「他に誰がいるのよ」

話していくうちにレオナは楽しそうに笑顔を浮かべていき、ヒュンケルはますますわからないという顔をする。レオナが言いたいことは、つまりそういうことなのだが、ヒュンケルはそういう方面に自分を投影する発想がそもそもなく、返答に詰まった。色恋沙汰に関して察しが悪いのはダイとて同じことだが、彼にしては珍しく、レオナが何故そんなことを言い出したのか理解していた。同時に、ダイはマァムが武闘家を目指す旅のためにパプニカを出たときに、レオナがポップに発破をかけて追いかけさせた時のことを思い出していた。

(ああ…レオナ、絶対面白がってるよ…)

それまで話に混ざっていなかったポップも聞き耳を立て、ヒュンケルがどう答えるのか気になる様子を隠しきれていない。ヒュンケルが△とそういう関係であれば、マァムに惚れている彼としては恋のライバルがいなくなるわけだから、ポップがその話に興味を持つのは当然と言えば当然だが。
しかしヒュンケルとレオナの会話はそれ以上続かず、ヒュンケルは黙り込んでしまった。△と親密であることは自覚していたが、それが恋愛感情の伴うものであるかということは考えたことがなかったのだろう。しばし思考を巡らせていたようだったが、やがて再び口を開いた。

「いえ、△とはそういう仲ではありません。兄妹のようなものです」
「ふーん…兄妹ねぇ」

ヒュンケルがどう答えるのかを想定していたのか、あくまで修業時代を共にした仲間であるという意味の返答に対し、レオナは笑顔を崩さずにその答えを受けた。ゴシップ好きなレオナにしては淡白な反応だ。ちょっかいをかけたからにはそういう話に持っていくと思っていたダイは、意外に思いながらも二人の様子を見る。内心ではレオナがとんでもないことを言わないか落ち着かない気持ちもあったが。
ダイのその心境を知ってか知らずか、レオナは「なら良かったわ」と言葉を続けた。

「…?」
「私の家臣が△のことすごく尊敬しててね。彼女、剣の腕だけじゃなく魔法も申し分ないくらい扱えるでしょう?おまけに知識も豊富でかしこさもあるし、しばらく一緒にいさせたらいい影響を受けそうだと思っているのよ」
「…そのこととオレと、何か関係が?」
「ええ。その家臣ってアポロのことなんだけど、アポロったらどうも、尊敬に留まらない気持ちを△に抱いてるらしくてね。あなたと△が、そういう意味で親しい仲なら控えさせようと思っていたのだけど、違うならその必要はないわね」

ぴくりと、ヒュンケルの眉が痙攣した。ごく僅かな反応であったが、レオナは見逃さなかった。
レオナは二人の様子を見てから常々、ヒュンケルと△はそうなっても自然であると考えていた。しかし色恋に関心がないのはヒュンケルのみならず△も同様で、放っておいて二人が恋人になるのを待ったところで、その時は一生来ないということが容易に想像できる。お互いに恋人として発展することが頭にないのであれば、二人の仲はいつまでたっても「兄妹のようなもの」という関係から変わることはない。根強い信頼関係が築けているのならば、そういう感情を芽生えさせる後押しをすれば自然と男と女として距離が近づくはずだという思惑があった。
今は恋愛感情伴っておらずとも、意識させることくらいしてみようと発破をかけたのである。
レオナが今言った通り、アポロは実際に△に敬意を抱きつつ、密やかに慕っている。それを使わない手はない。アポロは隙あらば△にアプローチしているそうだ。そういう話を聞けば、いくら色恋に関心がないヒュンケルでも、△が他の男に流れる可能性を考えて危機感が芽生えるだろう。もっとも、アポロのアプローチに△は全くの脈なしなのだが。
ヒュンケルは口を閉ざし、レオナの話を聞いていたが、やがて沈黙を破った。

「…それがこの国のためになるならば、△も喜んで力になるでしょう」

そう、とレオナは答え、ヒュンケルを見つめた。言葉は肯定的だったが、顔は苦々しく歪んでおり、それが本意の言葉には思えなかった。彼にしては珍しく声に覇気がなく説得力もない口調だったので、レオナはヒュンケルが自分の思惑の通りに沿っていることを感じた。

「それじゃあ、アポロとのことは私から△に話すわ。△が戻ってきたら教えてね。戻ってきたら一度は必ずあなたの所に行くんでしょう?」
「…ええ」

嬉しそうなレオナに反して、ヒュンケルはすっかり元気がなくなってしまった。強い精神を持っているヒュンケルが、これほどまでに流されている姿は初めてのことかもしれないと、ダイとポップは心底意外だという気持ちで彼を見た。思いもよらず動揺をしたためか、それ以上この話を展開させないためか、ヒュンケルは外を歩いてくると言って部屋から出て行ってしまった。
ダイとポップは、ヒュンケルの後姿を見送ると、レオナに向きなおった。

「いやー、ヒュンケルをあんなに萎ませるなんて、姫さんやっぱりただものじゃないね」
「でも、なんであんなこと言うんだよ。まるでヒュンケルと△を引き離すみたいじゃないか」

平素いけ好かないと思っているヒュンケルの珍しい姿を見て、ポップは少し気分が良さそうだった。反してダイは困ったような顔でレオナにそう問いかけた。ヒュンケルと△は頼りになるし、お互いを心から信頼しているいいコンビだ。アポロのためとはいえ、わざわざ仲のいい二人を引き離すことがダイにはわからなかった。

「わかってないわね、ダイ君。あのまま平行線で関係を続けてたら、ヒュンケルはいつかどこの馬の骨ともわからない奴に△をとられちゃうかもしれないのよ。だったら早いところ恋人にさせちゃって、ずっと一緒にいた方がいいに決まってるじゃない」
「でも、別に今のままでもいいと思うけどなあ」

自分の行動理念を語るレオナに、ダイは納得しきれず渋い顔でそう返すが、自信なさげに発せられる言葉にレオナが折れるわけがなかった。レオナとしては、一目瞭然に思い合っている二人がいつまでも兄弟感覚で一緒にいることがじれったいのだ。奥手というか欲がないというか、どうして思い切り相手に胸に飛び込んでいかないのだろうか。

「ほんと、手の掛かる大人だわ」




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