notヒーロー志望が勝己のこともモブ扱いしてたらif「嫌いな食べ物」
2017/09/21 13:12
天庭
マヒトツ
いつからだ。
ガキの頃は、普通だった。
あいつはよく勝手にいなくなるやつで、ババアが煩かったから、仕方なく俺はよく手を繋いでやってた。あいつはそれを喜んでた、と思う。喜んでたはずだ。
ふっと気付いた時には、あいつは貼り付けた笑顔で俺のことを見るようになってた。
かつて尊敬の眼差しを向けていた目は跡形もなく消えた。キラキラした目で、嬉しそうに「勝己はすごいのね」とか言ってやがったのに。今となっちゃ勝己なんて呼ばねえし、呼んだとしても「爆豪くん」。ちょっと構わねえ間にあいつはそうして変わっていった。
すげえ腹が立つと同時に、またガキん時みてぇに俺のことを見ろってずっと思ってた。こんなんは今だけだって思った。だってそうだろ。ガキん時は、こいつん中で俺は一番だったんだから。
そのまま中学に上がって、あいつの志望校がわかんねえまま三年になって、家族同然にうちに来てたあいつはいつのまにか来なくなった。
別にあいつの志望校に合わせて雄英蹴るつもりなんざ毛頭ねえが、知らねえままってのが気持ち悪かった。
進学した後に制服見りゃわかっけど、それじゃあいつん中で、この俺がモブと同じ立ち位置ってことを体現することになる。そんなんムカつく以外の何者でもねえ。だから今日聞くつもりでいた。
「お邪魔します」
「…おお」
インターホン鳴って開けたら微笑んでる私服の都里がいて、すげえ久しぶりの感覚で出迎える。確かこいつがうちに来んの、三ヶ月ぶりくらいか。
ジジイは仕事で、ババアは学校の保護者会で、こいつの両親は仕事で家にほとんどいねえ。子供だけ残すの心配だからってババアがこいつを呼んだんだ。ガキ扱いしやがって。
ムカつくのに、ババアが作ったこんな機会がねえと俺はこいつと会話すらできなくなっちまった。
「ババアがお前の分も飯作ってやがった」
「うん、光己ちゃんから聞いてる。ご馳走になります」
…なんでババアは「光己ちゃん」だよ。もっと他にいんだろ、名前で呼ばなきゃなんねぇ奴が。
そう怒鳴っちまいそうで、口を結ぶと先に玄関から離れた。ンなこと言ったら、俺がこいつを好きで仕方ねぇみてえじゃねえか。それにこいつに不満持ってるってのが猿でもわかるようになる。
俺がこいつに惚れてるわけじゃねえ。こいつが俺を好きなはずなんだ。
とりあえず、飯食うっつー言質とった。飯食った後さっさと帰るとしても、こいつはしばらくうちにいること確定だ。そうなるようにした。
都里は食卓に座る前に一瞬固まった。別に変なもん出してるわけじゃねえのに、ゲテモノでも見たみてえに並んでるもんを凝視する。しばらく会ってなかったが、この並んでる飯に対する都里の苦手意識は変わってねえみてえだった。
「…今日酢豚なのね」
「見りゃわかんだろ。とっとと座れや。茶は飲みたきゃ勝手に出せ」
「うん…」
明らかにテンション下がってやがる。これも想定通りだ。
米と味噌汁出して、手ぇ合わせた後二人で飯食い始めた。会話はねえ。こいつならそれなりになんか話そうとしそうなもんだけど一言もなしだ。無言でもそもそ食いながら、なんか探してるみてえに酢豚載ってる皿の中身を動かしてる。…みてえに、っていうか、確実に探してる。鈍臭く飯食ってる様子をちらと見た後、何も知らねえふりして俺は普通に飯食ってた。
こいつの箸が遅え理由は百も承知だ。
人参。
こいつはガキの頃からそれが苦手だった。
ババアが叩き込んだおかげであいつは出されたもん残さねえ。嫌いなもん食うスピードは極端に遅え。ガキの頃は好きなもんほどじっくり食ってたけど、今じゃたまにこうして一緒に飯食ってても、何食っても同じみてぇに早食いしてとっとと帰りやがる。
ババアは酢豚に絶対ぇごつい人参を入れる。それを把握した上で酢豚食いてぇって伝えといた。大皿に盛られてたそれを都里が来る前に俺が一人分ずつ皿分けて、こいつが人参食うの避けられねぇようにした。
米と他のモンの合間に人参を口に入れてる。こいつは嫌いなもんは先にかたづけときてえ質だ。もそもそトロ臭く咀嚼してる間は眉間を寄せて渋い顔で耐えてる。できれば噛まねえまま飲み込みてえんだろうけど、でけえからそれもできねえ。
利き手と反対の手で口を押さえて、不快に歪む顔でじっとした。目をきつく閉じた後、飲み込んだのが見えた。途端お茶を一気に飲み干して、米をまるまま飲み込んだ。
「…」
…本当なら、好きなもん食わせて、うめぇって笑ってるの見てる方が俺だって気分いい。だけどしゃあねぇだろ。こうでもしねえと、俺がどう話すか言葉選んでる間にこいつは飯食い終わってさっさと帰っちまう。そんなん、ムカつく。
…進路のこと。
口に飯突っ込みながら考える。なんて訊きゃ自然だ。
俺が雄英志望してるっつったら、また「勝己はすごいのね」って、言うんか。
考え事しながら食ってる間、俺の食うペースもいつもより遅くなってた。
「牛乳…あったらもらっていい?」
「…勝手に飲め」
苦しそうな声の後、都里はコップ持って足早に冷蔵庫に向かった。空のコップに牛乳注いで勢いよく飲む。口を離すと「はあ」と、暗い溜息を吐いた。
…んだよ。この気まずい空気。
ちらと都里の皿を見る。皿の中身はほとんど減ってねえけど、オレンジ色の物体はゴロゴロ居座っていた。…三分の一も減ってねえ。たかだか人参一つにあんな有り様だったら食い終わる頃には吐くかもな。
牛乳なみなみ注いだコップ持って都里は戻ってきた。味誤魔化しながら食おうって魂胆か。
「おい」
顔を上げた都里と目が合う。そのまま合わせてらんなくなって、目ぇ伏せて俺の皿を都里に押しやった。
皿と俺を見比べてんのがわかった。
「…こんなに食べられない」
「やんねーわ。…人参よこせ。嫌れぇなんだろ。まだ」
まだ。
我が物面の台詞だった。俺はお前の嫌いなもんも好きなもんもわかってる。
「いいの?」
「直箸でいい?」
「…」
分けてあげる
「爆豪くん優しいわね」
「キメェこと言ってんじゃねえ」
「そう?気持ち悪いかしら」
「んなもんわざわざ言うのキメェだろ」
「そう。ごめんね、まさか食べてくれると思わなかったものだから」
俺だって食ってやるつもりなかったわ。てめぇが死にそうな面で食ってっからだろうが。
「ガキみてえな好き嫌いしてんな雑魚」
「うん…ありがとう」
「お前、志望校どこだ」
「雄英だよ」
模試じゃA判定だ。筆記だろうが実技だろうが、全部クリアするつもりでいる。こんなんできんの、少なくとも折中じゃ俺だけだ。すげえだろ。すげえんだよ俺は。
「そう。すごい。頑張ってね」
ーーー『勝己はすごいのね』
………違ぇ。
箸が止まる。
「爆豪くん?」
「んっ!」
口移し。
「やだ…!嫌!やめて!嫌い!」
嫌い。
(そりゃ俺のことかよ)
涙ぼろぼろ零す。
三分くらいキス。
↓ボツ。モブ<嫌い
「お前クソモブとデキてんだってな」
「…誰のこと言ってるの」
「モブの名前なんか知るわけねぇだろ」
「ああそう」
機嫌悪そうな声。
いつまでも給食食えねえで居残ってるやつみてえ。
「おめーから告ったんか」
「何…詮索しないで」
「ああ?んだよ言えや」
「興味あるんなら貴方も誰かと付き合ったら」
「ねぇわ。てめェと一緒にすんな」
カット
キレる。
皿から嫌いなもの摘んで口に含み、口移しで食わせる。
「…うぇ」
離した瞬間に平手打ちしようとするが止められる。
prev | next