「え、今何て言ったの?」
とある昼下がり。
特に何をするわけでもなく、ソファで寛いでいた時のこと。
突然ベジータが耳を疑うようなことを言い出すもんだから、私は思わず聞き返してしまった。
「蜂蜜はあるかと聞いている、何度も言わせるな」
蜂蜜、ハチミツ、はちみつ。
ベジータは確かにそう言っている。どうやら私の聞き間違えなどではなかったらしい。…どうしよう、明日槍でも降るんじゃないかな。だってベジータが蜂蜜を欲しがっているんですよ?!あまーい蜂蜜を、あのベジータが。どう考えてもミスマッチである。
「あるけど…な、何で急に?」
「いいからさっさと出せ」
私の質問には答えず、ベジータは偉そうに腕を組んで言う。
欲しがる理由が激しく気になるが、答えないところを見ると教える気はないのだろう。無理に問い詰めると彼の機嫌を損ねかねないので止めた方がいい、絶対に。
私は渋々と立ち上がり、蜂蜜を取りに台所へ向かった。
* * *
「持ってきたけど…」
テーブルに蜂蜜の入った瓶を置いて隣に腰かける。
するとベジータは瓶を手に取り蓋を開ければ、いきなり2本の指をズボリと蜂蜜の中へ突っ込んだ。絡め取るように指を引き抜けば蜂蜜がたっぷりと着いていて、ベジータはそれを見るとニヤリと口角を上げた。
ま、まさかこのまま舐めるつもりじゃ…!
くまのナントカさんじゃあるまいし、流石にそれはちょっとお下品なんじゃないですか?あんたサイヤ人の王子でしょ?!
そんなことを考えていたら、何故かその指は私の目の前に突き出されて。
「舐めろ」
更にはとんでもない一言のおまけ付き。
私は状況が把握出来ず、ただ目をパチパチとさせた。
「舐めろって……私が?!」
「当然だ、他に誰がいる」
「ベジータが舐めようとしてたんじゃないの?!」
「ふん、このオレがそんな下品なことをすると思うか?」
そりゃ私だってそう思いますけれども!
その下品なことを私にさせるつもりですかあなたは!
そもそもどうして私がベジータの指を舐めなきゃいけないのさ。全くをもって意味がわかりません!!
「早くしろ、垂れるぞ」
無理無理と、どんなに訴えても無意味だった。考えを改める気はまるでないらしい。こうなってしまったらもう従うしかないのだ。はぁ、と溜め息をついて、私は仕方なく差し出された指を手に取り、今にも垂れてしまいそうな蜂蜜を舐め始めた。
* * *
蜂蜜の甘さが頭を支配する中、私は色々と考えていた。
まず、指を舐めるのは思っていたよりも難しい。最初はただ舌で舐めていたがそれだけでは間に合わず直ぐに垂れてきてしまう。そうならないように指を口に含み、吸い上げたりしているせいで私の口は蜂蜜でベトベトである。
…でも一番問題なのは、ベジータだ。
指を舐め始めてからとジッと私を見据えて目を離そうとしない。黙っているうちは良かったものの、『もっと舌を使え』とか『歯を立てるな』だとか言ってきて。どういった意図で私にこんなことをさせているか知らないけど、何だか…その、奉仕しているみたいで。
そう考えたら無性に恥ずかしくなってきて、慌てて指から口を離した。
「何だもう終わりか」
「だ、だって…」
何と言ったらいいのか分からず、口ごもっているとベジータはフンと鼻を鳴らした。
「…今回はこれぐらいにしておいてやる」
「え?」
今回…は?
それはまた次があるってこと?
ベジータの言っていることの意味が分からず、考え込んでいるといきなりクイッと顎を持ち上げられた。
「なまえ」
「な、何?」
「本番は蜂蜜のように甘くはないぞ、精々覚悟しておくことだな」
クククと楽しげに笑う蜂蜜の王子様の口から出たのは、まさかのビター宣言。
その『本番』とやらが来る日はそう遠くないと悟った、そんなとある昼下がり。
蜂蜜の王子様
(そう思ってしまった私が甘かった)
20140325
蜂蜜美味しい。