▼勘違いと焦燥01

※泡沫の夢主人公設定です※
※R18指定されておりますが、作品自体にR指定がついており、このページにはR指定を匂わせる表記は一切ございません。



「華、何を探しているのだ?」
それぞれの休日だというのに、井宿は華の買い物に付き合って、下町へと出かけていた。華の手にあった荷物はすべて彼の好意により、井宿の手の中にある。
「え、と……あれ……」
「あれ?」
(簪を探してるの)
うまく言葉にすることができず、堪らずにこちらの世界に来てから使えるようになった、テレパシーのようなものを使って答える。
「髪……結ぶ時に……ね」
井宿がなんとも怪訝そうな顔をしていたので、付け加えると漸く納得いったらしくなるほど、と頷く。
「いつもはそのままの髪型だから、ちょっとびっくりしたのだー」
「……ひどい」
「ごめんなのだー」
華の伸ばしっぱなしにされ、ある時だけ常に下ろされている髪を触り、井宿は楽しげに店を覗いた。
そこには、色とりどりの煌びやかな装飾の施された簪や、シンプルな簪まで数多く取り揃えられていた。
「結ぶのは……いつも、動くときだから……」
そう、華が髪を結ぶのは、戦う時だけ。邪魔だから、という理由と1度結ばすに力を使った際に靡いた髪が目に入って痛かった経験があるからなのだ。
「シンプルなのもいいのだが……これはどうなのだ?」
井宿が華に手渡したのは、小さな花に金色と赤色が塗られた物。花の周りには申し訳程度に宝石のような光るものが散りばめられていて、華は見た瞬間に心惹かれた。
「かわいい……けど……も、た……っ」
(もったいないわ……綺麗だし……私がつける時って、だいたい色々壊れるし、汚れるし……)
途中で言葉が途切れ、即座に切り替える。これにも慣れてきたものだ。
「汚さなければ問題ないのだ」
「でも……」
「じゃあ、この簪はオイラから華への贈り物なのだ。汚すのは仕方ないとしても、壊さずにしてくれると有難いのだ!」
「うれしい……けど、ね」
「華は、けどが多いのだー、黙ってこれは受け取るのだ!」
井宿は素早く店主へとお代を払うと問題の簪を華の手から取り上げ、今珍しく結い上げている髪の毛へとそれをさした。
「とても似合うのだ」
(……ありがと……井宿、大事にするね?)
はにかみながら微笑む華。
井宿は、その顔をみて少しだけ罪悪感に駆られながらもにこりと笑い返した。





数日後。
(……まずい……)
華はひどく焦っていた。 井宿から貰った簪がかわいいのと、うれしいのがあって結い上げているのが習慣となりつつあった華だったが、今日は下ろしている。
理由は。
(壊れてる……)
華の手のひらの上に鎮座する、例の簪。昨夜、青龍七星士と派手に衝突した時に何かの拍子に、花の飾りを割ってしまったらしい。
かろうじてまだ、かけた部分がぶら下がっているものの、触ったら取れてしまいそうだ。
華は、さっさとその簪をハンカチに包んでポケットへとしまうと、井宿が来ないうちに部屋を飛び出し下町へと出かけた。




下町はまだ時間が早いせいか、静まり返っていた。開いている店は開いているが殆どが閉まっている。華は簪を買った店を目指して歩く速度をあげた。
「あ、た……」
漸く先日井宿と来た店を見つけると、急いでその店へと飛び込んだ。しかし、並べてある簪はどれも買ってもらったものとは微妙にデザインが違い、どうしようかと悩む。
「あ、の……」
悩んだ末、華はうとうとと、うたた寝をしている若い男の店主へと声をかけた。かけた瞬間、目がぱちりと開き、男がしげしげと華の顔をのぞきこむ。しばらく品定めをするように見られていたかと思うと、男は急に何かを思い出したらしく、ぽんっと手を叩き人の良い笑みを顔いっぱいに浮かべた。
「おや!  もしかして、この間ここで花の簪を買って貰ってた人かい?」
「あ、はい……そ、です……これを……」
ポケットから、ハンカチに包んだ簪を出す。するとそれを見た店主は、顔を顰めた。
「あちゃー……壊れちゃったのかい?」
「不注意で……」
「んー……よし!  いつもなら、こんな事はしないんだが、お客さん可愛いから特別にその簪、直してやるよ!」
「ほんとですか……っ」
「あぁ!  ここにある売り物の簪は、全部俺の兄貴が作ってんだ。そんなの簡単だよ!  案内するからついてきなー」
店主は、出していた簪を店の奥へとすべて片付けると、休憩中の貼り紙を貼り付け、店から出てきた。
そして、すぐに歩き出す。一瞬ついて行っても良いものか悩んだ華だったが、すぐに気を取り直し男についていく。
「その簪、貰いモンだろ?  壊しちゃまずいんじゃねーのか?」
「そう……っ」
(ごめんなさい、こちらで喋るわ……。そうなんです、大事な人からの貰い物で……)
男はいきなり話し方を変えた華に驚いたようだったが、幸い深く追求すること無く、にこりと微笑むと工場と隣接して立つ家を指差した。
「あそこが、俺んちだ。兄貴と2人で暮らしてるんで、ちっと散らかってるけどな。俺の名前は伸張縁だ。あんたは?」
(雛月華と言います、呼び捨てで構いません)
「変わった名前だなー、でもいい名だ。俺の兄貴は、劉縁っていうんだ。呼び捨てで大丈夫だ」
おしゃべりしながら歩いていると、目的の家へと到着する。華は軽く頭を下げて「お邪魔します……」とつぶやくと、案内されるがままに家へと入る。
玄関を超えてすぐ隣が工場になっていて、張縁の兄の劉縁はそこにいた。
「兄貴ー帰ったぜ」
「やぁ、おかえり。今日はどうだった?」
「いやー兄貴の簪はよく売れるぜ。可愛いし綺麗だって評判もいいんだ」
「それはうれしいね。……ところで張縁、そちらの可愛らしい方は……?」
(すみません、申し遅れました。先日弟さんのお店で簪を買った雛月華と申します。……あの、買った簪を壊してしまって……)
そう言いつつ、ハンカチに包んだ簪を見せると劉縁は思案するように顎を指でひっかくと、おもむろに立ち上がった。
「買ってくれてありがとうございます。それは結構な自信作だったんだけど、暫く誰も買ってくれなくて……落ち込んでたんです。でも、弟から売れたって話をきいたときはもう、嬉しくって……ちょっと待ってくださいね、それを作った時に使った材料を確かこの変に……」
ガサゴソと劉縁は戸棚の中を探し回る。華は、ぐるりと工場を見渡して窓から差し込む朝日の眩しさに目を細め……そして大きな声をあげた。
「あぁ!!!」
「な、なんです…っ?」
(す、すみません……)
朝日はとうの昔に高いところへと登っていた。華はまずい、と冷や汗をかく。
朝食さえも食べるのを惜しんで出てきた華。井宿にどこに行くか告げず、また他の仲間にも何も告げずに出てきてしまったのだ。予定ではもう帰るはずだったのだが、直してもらえるとのことですっかりと時間を忘れていた。
(心配してるよね……どうしよう……)
井宿は探そうと思えば気を探ってここまで来てしまうだろう。簪の事が井宿にバレるのは嫌だった。
(で、でも……直してもらいたいし……仕方ない……)
華は考えた末、しょうがなく気を極限まで殺す。
(召喚……私の気をなるべく小さくして……)
己の気が小さく萎んでいくのを確認すると、劉縁を待った。
「お待たせ」
暫くして劉縁が戻ってきた。手には色々なものを抱えている。
「せっかく持ってきてくれたのに、すみません。材料が一つ、足りないんです……」
「なに、ですか?」
「珊瑚です。花の赤色は珊瑚を使っているのですが……」
劉縁は顔を曇らせた。
「めったに入らない貴重なものなんです」

劉縁の話では、貴重な珊瑚が偶然手に入り、華の持つ簪を作ったのだという。
「他の材料はあるので、珊瑚さえあれば直せますよ」
(……では、私が珊瑚をとってきます。なので、これをお願いします)
そう言って頭を下げ、劉縁に簪を渡す。柔らかな笑みを浮かべて劉縁はそれを受け取ると。
「お任せ下さい」
しっかりとしかし、壊さないよう簪を手に包み込んだ。
(すみません、私はこれで……また明日手に入らなくても伺いますので……では)
遠くの方で井宿の気が慌ただしく移動するのを感知して、華はさっさと頭を下げると、宮殿に向かって走り始めた。




宮殿に走り帰り、慌てて殺していた気を元に戻すと、途端に井宿が走りよってきた。
「無事だったのだ!?」
(大丈夫、ごめんなさい……)
「全く、朝食も食べずにどこをほっつき歩いてたのだっ」
(ちょっと急いでたの……もうしないわ)
「そうして欲しいのだ!」
井宿にぎゅっと手を握られ顔を上げる。狐顔のお面がついている顔は酷く焦燥しており、華は再び顔を下げた。
「で?」
「なに?」
「オイラの質問に答えてないのだ。どこに行ってたのだ?」
「……」
バツが悪くて答えられなかった。簪を壊して修理に出しに行ったなど、言えなかった。井宿に買ってもらう時に、壊さないようにする。と約束したのだ。
「あの……散歩に……」
我ながら苦しい言い訳だ。井宿も何か隠していると悟ったに違いない。しかし、井宿は何も言わず、
「……散歩にしても、あまり遠くに行ってはダメなのだ」
ただそう言って、華の手を握ったまま歩き出した。
「どこに、いく……の?」
「ご飯を食べてないなら、食べに行くのだ」
「そっか……ありがと」
「食事が終わったら、少し力の使い方の練習をするのだー」
「うん」
食堂につき、中へと入る。空いた席へと座ると侍女が料理を並べ始め、華は突然なり始めたお腹が求めるままに、朝食を食べ始めた。その様子を真向かいの席に座って眺める井宿。
華はゆっくりとしかし確実にお皿の上を空っぽにしていく。
(井宿、珊瑚を手に入れる方法ってある?)
手を止めず、こちらを見つめている井宿に問いかける。井宿は、怪訝そうな顔をしたあと、そばに置かれていた白湯を口に含み頬杖をついた。
「珊瑚は海で取れるのだ。紅南国は比較的に取りやすいと聞いているから……朝の市場に行けばあるのではないのだ?」
(そっか)
「珊瑚が欲しいのだ?」
(友達がねー)
最後の一口を咀嚼し終えると、ご馳走様と手を合わせ華は立ち上がった。
「井宿、いこ」
「だ」
ごく自然な動作で井宿へと手を伸ばした。自分よりも一回り以上大きく、頼り甲斐のある手を握る。
暖かかった。


その後、井宿とともに四神の神の力のコントロールを練習し、美朱や他の七星士達と夕飯を食べ、井宿と他愛のない話に花を咲かせた後、自分の部屋へと戻ってさっさと寝た。朝の市場に行くためだ。
そして翌朝。
早起きした華は、まだ陽も上りきらないうちに部屋を出て宮殿を抜け出した。海の方へと急いで走っていき、すでに始まっている朝の市場へと顔を出す。
その日は時間帯が悪かったのか、珊瑚を見つけることはできなかった。


「すみません……珊瑚、みつかりませんでした。でも、明日……かなら、ず……っ」 
劉縁と約束した通り、珊瑚は見つからなかったが張家へと顔を出した華は、壊してしまった簪を指で撫でた。
(中々……見当たらないですね)
今朝のぞいてきた朝の市場を思い返す。劉縁は申し訳なさそうに目を伏せると、ため息をついた。
「私も珊瑚を手に入れるのに凄く苦労しましたから……他のもので代用してもいいんですが、あの鮮やかな赤色は珊瑚でしか出なくて……」
(そうですよね……)
「ところで、初めて会った日から気になってたのですが……たまに特殊な喋り方されてますよね?」
(……これ、ですか?)
「そうです!  すごいなぁ、って思ってて」
背が高く、大人びた顔つきをしているのにも関わらず劉縁は子供のように笑った。つられて華も笑みをこぼす。
(喋るのを、練習中なんです。ちょっと色々ありまして……でも、不便ではないので助かってます)
ポケットに忍ばせてたチョコレートを取り出すと口に放り込む。劉縁が不思議そうな顔をしてそれを見ていたのに気づくと、ポケットからもう一つチョコレートを取り出して差し出した。
(甘いもの大丈夫なら、よければどうぞ)
「いいんですか?  すみません……」
そう言いつつ受け取った劉縁は、おもむろに包みを開くと恐る恐るとチョコレートを口にいれた。数回噛み砕き、驚いた顔で今度は舌の上でチョコレートを転がす。
「お、美味しい……!」
(チョコレートって言うんです。まぁ、ここにはないのだけれど……)
「そんな貴重なものを……!」
(あ!  気にしないでください、私が持ってきた物なので。あっちに帰ればすぐに手に入りますし)
「そうですか……?」
(はい)
ポケットから、再びチョコレートを取り出すと劉縁は堪らずにに吹き出した。華は一瞬驚いたものの、ポケットから次々と出てくるお菓子達に、美朱の仕業か……と納得すると楽しそうに笑い始めた。






数日後。
華が宮殿を抜け出した時刻。井宿は、抜け出す華の姿を捉え、こっそりと後をつけていた。もちろん護衛の意味もあるが、純粋に最近避けられているような気がして気になっていたのである。
珊瑚など、何に使うのか。そして、井宿は気がついていた。
華が最近有難くもつけてくれていた簪を、つけていないことに。そして、それを青龍七星士と戦っている最中に壊してしまっていた事を。
「こそこそと……なにやってるのだ……」
壊れたのならば、壊れたと言えばいい。
(でも……守れない約束をさせたオイラにも責任があるのだ……)
当初は、簪を壊さない程度の戦い方をしてほしいとの意味を込めて送ったものであった。無茶をして欲しくはなかったし、生傷の絶えない華のことが心配でならなかったのだ。
あの簪には、渡した後こっそりと念を込めて華を守れるように、とお守りのような効力をもたせてあった。

「それよりも……」
簪の存在も気になったが、毎朝いそいそと楽しそうに出かけていく華がなぜかとても気に食わなかった。
「これじゃあ、修行した意味が全くないのだ〜」
邪心はとうに捨てたと思っていた。そして自分はそこまで固執する人間ではないと。しかし、華と恋仲となりしばらく一緒にいるうちに、自分がいかに嫉妬深い人間であるのかを、自覚せざるを得なくなった。
今日も今日とて、楽しそうに出かけていく華の姿を見てイライラとした。全くもって情けない。
何日かに分けて色々とついて行くうちに、ある法則に気づいた井宿は思わず舌打ちをこぼした。
華が男の家に通っているのだ。それも毎朝、必ず。そして、それが始まるのと同時に、井宿と華の距離は徐々に開きつつあった。
「華の好きという気持ちは……本物なのだ?」
そう疑ってしまう自分がいて、井宿はここ最近自己嫌悪に陥らない日はない。
華の尾行を続け、工場と隣接した家に住む男の元へ訪れている事を突き止めた井宿。
いつもは、華の自由だ、などと理由をつけて一切中をのぞいたり、聞き耳を立てたりしていなかったのだが、それも我慢の限界を超えた。
朝日が昇り始め、あたりが明るくなり鳥のさえずりがどこからともなく聞こえ始めた。井宿は全神経を集中させて、華が入っていった工場へと見つからないように顔をのぞかせる。
すると。

(劉縁さん!  これ!!)
華が小さな珊瑚を劉縁へと手渡した。劉縁はそれを見て驚きに目を見開く。そして、数秒固まったのち、華の手をがっしりと掴んで喜びもあらわに笑い始めた。それに華も便乗する。
ひどく、楽しそうにしていた。
ぶちり。
そこで、井宿の中の何かが千切れ落ちた。


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