▼ありがとう -01
本の中に吸い込まれてから、数ヶ月が経った。未だに私は口がきけない。それを誰も咎めない。ちょっぴり、ほんの少しだけ。なんだか、皆が私に気をつかってこの状態を作り出したんではないか、と疑う。
私は、未だに、人が信じられない。朱雀七星士は皆仲間だ。美朱の大事な仲間でもある。ただ、もし皆んな私の事を仲間と思っていなかったら……どうしよう。
それが怖かった。
(あ、井宿……)
今では、言いたい事と心で自然に思う事を区別して送れるようになった。お陰で今のつぶやきは井宿には届いていない。
何をしているのだろう、と静かに近寄れば誰か知らない女性と一緒にいる。
(……誰だろう……)
見た事もない人だ。長い髪をかつての柳宿のように上に結い上げて、顔は化粧を施されており、つやつやとしている。私はそのまま井宿へと声をかけるのをやめて、静かに見守る事にした。
「……なのだ。それで、一緒に……」
「ええ、喜んでご一緒いたします」
何やら何処かへ出かける約束を取り付けているらしい。恥ずかしいのか、井宿の頬が少し赤みを帯びている。あぁ、なんだそういう事。
私は一人その状況に答えを出すと、そっとその場から離れた。
(邪魔をしちゃだめ……私は喋れないし、綺麗でもないもん……)
「華!」
柳宿の元気の良い声がかかる。私は、遠い目をしたままそちらへと振り返った。途端、柳宿の顔が歪む。
「あんた、どうしたの? すっごい顔色悪いけど……大丈夫?」
(……平気です、ありがとうございます、柳宿さん……)
ここで迷惑はかけられない。かけてしまえば、きっとこの人達も私をウザがるようになってしまう。一人は嫌。嫌だ。
「華!?」
どうして、私っていつもこうなのだろう。運がなさすぎる。唯一の大事な人も、やっぱり私の境遇に悲観し、同情してただけ……。
「部屋、いく?」
(……一人で、いけます。迷惑はかけられません……)
ぐらりと傾いた身体を、近くの柱で支えながら小さく答える。縋り付きたい。誰かに助けてほしい。けれど、孤独になるのが嫌でそれができない。
私は、青い顔でぐるぐると考え込んだ。
しかし、次の瞬間。怪力の柳宿に持ち上げられ、その考えは飛散する。
「あのね、具合悪い時くらい頼りなさいよ! 美朱なんかみてみなさい、なんでもないのにあたし達頼ってんのよ? 華、あんたの事誰も嫌いになんかなったりしないから、頼っちゃいなさい。その方があたし達嬉しいんだから」
(けれど……)
「しつこいわねー。あたしがいいって言ってんだからそれでいいのよ! わかった?」
(……はい。柳宿さん……ありがとうございます。そして、ごめんなさい……私、嫌われるのが怖くて……)
「皆んな一緒よ」
柳宿に担がれて部屋へと戻る。ベッドに寝かせてもらい、どうやら発熱してしまったらしい身体を、布団の中へと潜り込ませ、私は柳宿の顔をじっと見つめた。
(……私が口がきけないの、不便……ですよね?)
「え? 全然。むしろ、念が送れるんだからしゃべるより早くて便利だわ〜」
(え!?)
「え、やだ。そんな事悩んでたの? 気にしすぎよ」
柳宿がクスクスと笑う。一時、先ほどの井宿が忘れられて、そして柳宿の本音が聞けて私は少し浮かれていた。
けれど、事態はさらに悪化してゆく。