その日は鬼灯さまの使いで桃源郷にいる桃太郎という方から薬剤を受け取りに行く仕事を命じられた。
地獄とは全く正反対の明るい世界に目を凝らしながら、頂いた地図を片手に目的地へと向かった。
そこには小さなお店のような小屋があり、現世での薬局のような雰囲気があった。
『すいません。どなたかいらっしゃいますか?』
私は小屋の外から声をかけた。
が、返事はない。
桃太郎という方は外出中なのだろうかと思い、辺りを見渡した。
その時ふわりと風が吹き、草花が小さく舞った。
甘い桃の香りがなんとも心地よかった。
私は、その心地よさに思わず目を閉じた。
『お嬢さん。ここで何してるの?』
急に声をかけられ私は驚き目を開けた。
そこには鬼灯さまによく似た白衣姿の男性が立っていた。
『あ、あなたが桃太郎さんですか?』
私は尋ねた。
『ははっ。違うよ〜。なに?桃太郎に用事なの?』
その男性は笑いながら私に近づいてきた。
『それなら、家の中で一緒に桃太郎を待とうか?ここは僕の家だから気兼ねなく入って。そのうち桃太郎も帰ってくるからさ。』
男性は優しく微笑んだ。
鬼灯さまに似てはいるが、明るくて気さくな方。
私はその優しい笑顔に、なぜか安心して家の中に入った。
『さぁ、お茶でも飲んで一息つこうか』
男性は見るからに高価な中国茶器を手に持ち暖かいお茶を入れてくれた。
『あの、あなたのお名前をうかがっても
宜しいですか?』
私が尋ねると、また男性はにっこりと微笑み“白澤”と答えた。
どこかの迷信で聞いた事があるような名前だとぼんやりと思いながら、一礼をし、お茶をいただいた。
白澤は私のすぐ横に腰をかけて、机に肘をついて私をじっと見つめた。
『きみ、可愛いね、、』
そう言うと、片手で私の髪をさらりと触った。
私は驚き、思わず茶器を落としてしまった。
『きゃっ』
パリンと割れる甲高い音と共に、白澤は一瞬で私に覆いかぶさってきた。
『ふふ。割っちゃったね。あ〜あ。高い茶器なんだけどな。責任、取れるよね?』
優しいと感じた微笑みに、背筋が凍った。
白澤の細身の身体であっても、やはり男性の力。抗おうとしても全く歯が立たない。
『や、、やめてください』
私は声を震わせて嘆願した。
『ふ。ますます可愛いね。
鬼灯には内緒だからね。』
私は恐怖のあまり叫ぶ事も出来ず、
掴まれた両手首の痛みに目をぐっと瞑った。