彼女はよく泣いていた。


初めて出会った時からそうだった。







私は愚痴や泣き言は好きではないし、どんな理由であれ涙も嫌いだ。

何故なら無意味だから。
それは何も生み出さない。



なのに、彼女は飽きもせずよく泣いていた。





あの日もそうだった。



彼女は、廊下中を埋め尽くす書類の上でうずくまり今にも溢れ出しそうな涙をくっと堪えているようなそんな表情をしていた。


廊下の奥に、笑いながら立ち去る女獄卒二人の後ろ姿を見るにつけ
きっと何か嫌がらせを受けたのだろう。




私は彼女に声をかけた。

特に助けようとした訳ではなかったが。



彼女は私の声を聞き、慌てて書類を拾い集めた。



しかし意外にも、顔を上げた彼女の瞳は少し潤んではいるものの
泣いてはいなかった。




何故か少し安堵し

私は、そのまま仕事の追加を彼女に告げ
その場を立ち去ろうとした。







その時、彼女が小さく言葉を発した。














『私は幸せ者です。』









急に何を言い出すのかと思った。

私は足を止め振り返り、彼女に目をやった。










『鬼灯様に拾っていただき、その上このように仕事を与えてくださり、本当に感謝しています。』






地獄には似合わない、

花びらを運ぶ春風のように

彼女は柔らかく微笑んだ。










『不思議なんです。

地獄に堕ちたというのに、現世でも感じた事がないくらい

鬼灯様のお側にいられて、毎日が幸せなんです。』




















おそらくそれが彼女にとって初めての、心の底から溢れ出た言葉だったのだろう。





一瞬、二人を包む時が止まった。








初めてみた彼女の笑った顔。









いつしか彼女の視線に捕らわれていた私は

純粋に、心惹かれていた。















いや、
今さら驚く事はないのかもしれない



初めて出会った時から、そうなる事は分かっていたのだ。







この女の涙を、私の手で拭ってやりたい。

と、刹那的に思ったその時から。





ようやく合点があった。

そうでなければ亡者など拾ったりしない。
ましてや自分の側においておいたりしない。






心の奥から湧き出た事を確かに感じた、自分でも理解し難いこの感情に名前をつける事を躊躇いながら



彼女が私に一礼をし、床に散らばる書類を再び集め始めたのを見ても







私の足はしばらく止まったままだった。
































「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -