それからというもの私は鬼灯様の元で来る日も来る日も働いた。
元々手先が器用だったという事もあり、肉体労働というよりは机に向かっての仕事が主で、細かい文字の書き物や読み取り、書類整理や各部署への伝達配達などが多かった。
鬼灯様の元でと言えど、鬼灯様に会うことは滅多に無かった。三日に一度、顔を見られるか見られないかという程度で、私自身ほとんど小さな部屋の中に閉じこもっての労働だった。
仕事の量は膨大だったが、それ自体は苦ではなかった。
むしろ、こんな私でも誰かの役に立てる事が少し嬉しかった。
そんなある日
私が部屋を出て処理済みの書類を鬼灯様のお部屋へ届けに行こうとした時の事。
数千枚に及ぶ書類の山を両手で抱え、前を気にしながら廊下をよたよたと歩いていると、誰かが私の足を引っ掛けた。
『きゃっ!』
バサバサバサと、書類の山が花吹雪のように廊下中を舞い
私はその場に倒れ込んだ。
痛む膝をさすりながらふと見上げると、そこには獄卒らしき女性が二人、悠然と立っていた。
『あんたが鬼灯様が拾ったっていう亡者だね。どんな奴かと思えば普通の女じゃない。』
私を見下しながら、蔑むような目をして言った。
『鬼灯様はあんたが近寄れるようなお立場の方じゃないんだよ。ちょっと情けをかけてもらったからって良い気になってんじゃないよ。』
獄卒の一人がそう罵倒すると、私の手を片足でぐりっと踏み付けた。
『痛っ。』
私は痛みに目を瞑った。
記憶に残っているこの絶望感。
きっと現世での事、同じような経験を幾度となくしてきたのだろうと思ったら脳が思い出す事を拒否するように、また急に血の気が引き、吐き気がしてきた。
『ふっ。ただでさえ青白い顔がもっと青くなってきてるよ。身の程をわきまえてさっさと本来行くはずだった地獄に行きな』
二人はけらけら笑いながら
言葉を吐き捨てるようにして私の横を通り過ぎて行った。
私は
滲み出る涙をこらえながら、必死で気持ちを立て直し 廊下中を埋め尽くす書類を一枚一枚拾い上げた。
やはり、本来行くべき地獄へ行かず鬼灯様の元にいる事自体あってはならない事なのだろう。
鬼灯様の一時の優しさに甘え、私がこうしてここにいる事が鬼灯様のお立場にまで悪い影響を与えてしまうのではないだろうか。
彼女達が怒るのも、もっともな事。
情けをかけて下さった鬼灯様にご迷惑だけはかけたくない。
この書類を届けたら、やはり最初の命令通りの地獄に自ら堕ちよう、
そう思った時、ふいに声がした。
『貴女は意外にどんくさい方なんですね。こんな何もない廊下で転んだんですか?』
鬼灯様だ。
『も、申し訳ありません。すぐに全て拾い集めます。』
私は驚き慌てて、床に這いつくばって手を動かした。
『本当に、
貴女はこの手の仕事以外には何の取り柄もなさそうですね。
まぁ、私の指示した仕事は完璧にこなせてますし良しとしますがね。
今まではここまで几帳面に書類を仕上げられる部下がいませんでしたからね。
正直助かってますよ。』
鬼灯様は散らばった書類の一枚を手に取り、そう言った。
『私は今から出掛けますので、書類、全て拾ったら私の机に置いといて下さい。
あっ。あと追加の未処理の書類も私の部屋に箱詰めにして置いてありますので、帰りに自室へ持って帰って下さいね。期限は明後日までです。
分かりましたね?』
鬼灯様は私の考えを遮るように仕事を押し付け、その場を後にした。
私は鬼灯様に必要とされる事が涙が出るほど嬉しかった。
もう泣くのはやめようと思った。