何故その女に声を掛けたのかと問われれば、『ただ何と無く』と答える他ない。
その日も例に漏れず私の仕事は多忙を極めていた。
現場の視察もそのひとつで、ずっと室内に篭って仕事をしていた為すこし息抜きも兼ねて外に出ていた時だった。
ふと目にとまった。
小さくうずくまり肩を震わせている女がいた。泣いているのだろう。
そのいでたちから見ても、それが現世から堕ちた亡者である事は明白だった。
本来なら私のような立場の者が一亡者に自ら声をかけることなど無いのだが、
何故か、気になった。
その程度の理由だ。
なのにどうゆう訳か、私の声を聞き
ゆっくりと頭を上げたその女の顔を見た時 ほんの少しだが、違和感を感じた。
私は思わず手を差し伸べていた。
一体何をしているのかと自分で自分に問いたくなるほど可笑しな行動だと思う。
罪に染まった美しい手だった。
私の手をそっと握り返してきた、
不安と恐怖の中で必死にすがりついてきているようにも思えた。
なんとも弱々しく。
涙で濡れた瞳も、この地獄にあってなぜかとても澄んで見えた。
先ほど感じた違和感の正体はこれだ。
私は目が離せなくなっていた。
可笑しな話だ。
今思えば、あの時からだ
私が貴女に惹かれ、これから深く愛していく事に
大した理由など、はじめから無かったのだ。