不可侵の起源・3
「で、白河、なんでお前ドレスなんか広げてんの?お店のやつ?」
「ふん、聞いて驚け、これは俺のドレス」
「……えーと…酔ってる…?」
朝帰りもいいところというか、すでに昼間に差し掛かりそうな時間に帰宅したカルロスは、回らない頭であたりを見回した。
黒や濃い青、紫といった深いトーンの色、デザインはロング丈のみ。可愛い、よりも、綺麗というイメージがしっくりくる、ドレス。
それがなぜか、家の床に敷き詰められている。で、白河に聞いた結果、なぜか得意そうにさっきのセリフ。
…まあ、俺も疲れてはいるし昨日も浴びるほど酒飲んだけど、まず酔っ払わない。酔った経験ないし(ちょっと位酔ってみたい)、今日も酔ってない。
対して白河は、あんまり強い方じゃない。
裏方だから少ないとはいえ、お客さんからおごってやるよと声をかけられれば断れないし、それが多いと二日酔いで、翌日の機嫌と体調は最悪だ(そして、そのとばっちりは大体俺に)
こいつは酔ってもあんまり顔に出ないけど、なんか突然変な行動とか発言したりする。わかりにくいから、みんな突然でビックリするらしい。…俺は最近慣れてきた。
さすがに、高校時代の寮生活も含めると、もう4年一緒に暮らしてますから。
しかも昨日はレッドエース(白河たちが黒服やってる店)、イベントだとか言ってたし。お客さん多けりゃ、飲む機会増えるもんね。
だから、今回のドレス屋さんごっこも、きっとまだアルコールが抜けてないんだな、と判断した。…うーん、死ぬほどコスプレ嫌がってた白河がまさかよりにもよって女装とは。お酒ってすごい。
とりあえずこの流れだと、今回は俺がドメスティック・バイオレンス振るわれなくてすみそうだから、ま、いっか。
「…おい、ちょっと、なに人のことアル中扱いしてるんだよ、お前だろそれ!」
「ぐはっ」
前言撤回。
完璧主義者のこいつらしく、鳩尾にキレイに肘が入る。ジャストミート。…息止まるから、まじで。
と思ってたら、そのままぐいと胸元を掴まれて顔を寄せられた。鼻がぶつかるかぶつからないかくらいのスレスレで睨みつけてくる。いつも思うけど、ホント綺麗。
「ほら、そんな飲んでないだろ、すくなくともお前よりは、絶っ対酒くさくない」
密着すると、確かに全然アルコールの匂いはしない。タバコの煙と、いつもつけてる香水が消えかけて混ざった匂いがする。
あ〜、なるほどね、それが言いたいが為ためにこんな近くまで来てくれたわけね。
「俺はいたって正気だよ」
それ見たことか、と見下す笑顔で突き放そうとする体を、こんどはこっちが引き止める。
なに、と言い終わる前に、唇をふさいでやる。
超珍しく白河からこんなにくっついて来てくれてんのに、俺が何もしないわけにいかねぇだろ?
「…て、いうか、酒もタバコも香水も、全部くさいからとっととシャワー浴びてきてよ」
ぱっと唇をはなしたらついと目を逸らして、不機嫌ヅラ。
「ま、俺もいい加減風呂入ろうかなって思ってたとこだし、お前がもし、どーしても!っていうなら一緒に入ってやらないことも、」
「いやいやマジどーしても一緒に入って欲しいです!」
電光石火で拝み倒す。なんだろう、白河がものすっごいデレのターン。
ドレスの謎は全然解けないけど、いっこわかったことがある。
白河、ちょう機嫌がいい。
そのあと、風呂から上がって、やっぱり得意げな白河から、なんかとんでもない告白をされた。
「俺、今度からキャバ嬢やるから」
「…なんかまた、ずいぶん手の込んだイベントじゃね?」
イベントじゃねーよ、って足蹴にされた後、どーしても教えて欲しいですって3回ぐらい言ってやっと昨日店で何があったのか判明した。
Red Aceではその日、ハロウィンにかこつけたコスプレデーを設けた。キャストは自分で好きに衣装を用意し、一種のウケ狙いというかネタで、普段黒服の鳴と白河が女装したらしい。
しかも、何でそうなったんだかわかんないけど、そのまま2人は他の女の子と同じように、お客さんの席に着いたんだそうだ。
「また面白そうなことするねえ…」
鳴はこーいうのノリノリでやりそうだし、白河もやるとなったら完璧にやらないと気がすまないタチだ。イベントだし、まあちょっとしたオカマバー(?)みたいなノリで結構ウケたのかもしれない。
「ふん、しかも聞けよ、昨日の売上のワンツートップは俺と鳴だぜ」
「…ぶっ」
え、それって単純に女装した二人が客席を回っただけじゃなくて、実際に接客したって話?
「で、俺たちが席に着いて、指名と延長が取れないわけないだろ」
当然じゃん、といわんばかりのその自信がどこからくるのかわからないけど、二人を知ってる俺は何となく納得。ただの好みかもしれないですけど…。
「ただのコスプレデーじゃ変わり映えしないだろ、俺たち黒服でそこそこ見れるやつは、キャバ嬢やろうって話だったんだよ」
そーね、でも君の店だとお前と鳴くらいしかそれ出来ないよね(翼くんはキッチンだから、ちょっとフロアに出っ放しはムリだろう)
「ミーティングの時、鳴のやつが珍しくいいこと言ってさ、俺たちスタッフが席に着いて見本を示せば、キャストが参考に出来るし、いい刺激になるだろ、だって」
キャストの育成はスタッフの重要な仕事だし、おまけにあの白頭がどーしても一種にやってくれってうるさくてさ、そこまで言われたらやらないわけにはいかないし。つまり略略略…
「…まあ、いい刺激にはなったろうねえ…」
女装した男子スタッフがその日の売上ナンバーワンだったらねえ…
「それでね、その日の売上見た吉沢先輩がさ、なんか血相変えて、」
「『お前にしか頼めない仕事なんだけど、キャストやって欲しい、どーしても!』…って?」
「カルロス…お前、よくわかったね…」
めっちゃめちゃ驚いた顔してるけど、多分、俺も全く同じこと言うもん、その状況。さすが吉沢先輩。
多分こいつのことだから、それはもう鬼のように接客テクニックを磨いてイベントに臨んだに違いない。本読みあさったり仕草の研究したり。
とか言ったって、女の子とイチャイチャしたいスケベ親父が、いっくら可愛くてもこいつとか鳴指名するか?(しかも、常連さんなら最初から二人が男なの知ってるんだし)
って思うんだけど、俺なら間違いなく指名しちゃう自信があるから、なんともいえない…
…一体どんな風に席に着いてたのか、ちょっと見たいよね。俺は見たいです。
「あ、でも、俺"白百合"の方勤務なんだよね」
「え、じゃ六本木に移動?」
「うん、多分あっちが歌舞伎に比べて若干伸び悩んでるから、テコ入れしたいんじゃない?」
雅さんが持ってる店は歌舞伎の「Red Ace」と、俺の勤めてるホストクラブ「稲城」、あと六本木にある「White lily」。レッド・エースと稲城はそのままなのに、White lilyは白百合、とか、六本木って呼ばれることが多い。
それはさておき、しかし、テコ入れに他店のナンバー引き抜きとかならともかく、男子スタッフをキャストに転向させるって、聞いたことありませんが。
でもその破天荒さがうちの持ち味っぽいしな…とかぼんやり考えてたら、いつの間にか白河がすごい真剣な顔になってた。
「…移動は面倒だけど、あいつ敵に回すくらいなら、六本木に行った方がいいわ」
「ん、え、何の話?」
「聞けよばか」
「いて!」
で、またたっぷり足蹴にされた後、白河がぽつりと言った。
「鳴のやつ、あの店始まって以来の売上、たった一晩でたたき出した」
それまでの最高額の3倍は堅いってさ、あんなのとナンバーワン争いなんて、する気も起きないよ。
そんなかんじで、現在まで続くレッドエース不動のナンバーワンがここに誕生した。
で、時期を同じくして白百合の方にもやっぱり不動のナンバーワンが誕生した。
うん、俺は二人仲良くナンバーワンで、ほんっっっとによかったと思ってます。
(同じ店でナンバーワン争いなんぞされたら、間に入る俺の身がもたない、絶対)
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長々お疲れ様でした…!
うちのカルロスはおしゃべりですね。
あと、うちの白河くんはちょっとテンパると相当面白いコになります。
よく鳴たんのこと白ネズミとか白タワシとか呼んでます。
…クールビューティどこいった
10.02.20