不可侵の起源・2




ひょんなことから原田が高校卒業したあと、親戚だかなんだかから、新宿と六本木にある3つの店の経営を任された。それを知った高校の同級は、面白そうだと言っていとも簡単にその店に入り、そして後輩もそれに続いた。


男子校だったから、みんな店のスタッフとして入った。



高校時代から原田と付き合っていた鳴も、当然くっついていって、3つの店の中で原田が店長を務めるRed Aceの男子スタッフになった。
(カルロスは最初からホストクラブ『稲城』にホストとして入っていて、今は六本木に居る白河は、最初Red Aceの男子スタッフだった)



しかしながら、というべきか当然というべきか、鳴は黒服には壊滅的に向いていなかった。




「お待たせしましたー、えーと、これが生ですー」

「あれ、生、誰だっけ、頼んだの?」

「え、誰も頼んでなくない?」

「…すいません、こっちドリンクまだー?もう10分くらい経ってんだけど」

「あ、3卓ってそっちー!?ごめんなさーい!」




「ねーちょっと、この前私とあの子一緒に付けないでって言ったじゃん、あいつ、色使って私の客取ったんだってば」

「え、そーだっけ?ふーん…えっと、どの子?……うーん、しょーがなくない?あの子の方がかわいいもん!(で、俺はそれより可愛いけど!)」




愛想は悪くないけれど、どこの席で何のオーダーが入ったのかすぐ忘れるし、女性キャスト同士の相性を全く把握していなくて(というか多分、するつもりすらなくて)うっかり仲のわるいキャスト同士を同じ席に着けてみたりするし、空いたテーブルを片付けるときも、何かオーダーを持っていくときも、途中で落っことしたりグラスを割ったりするのはしょっちゅうだった。



おまけに、女性キャストの扱いに関してはもう、ノーコメント。
たしかに、周りから良くも悪くもちやほやしかされないで育ってきた鳴にとって、気は遣うものではなく、遣われるものなのだろう。


面倒見がいい吉沢あたりは、成績不振で悩んでいたり、あるいはゴタゴタを起こして揉めているキャスト達に対して実にうまく立ち回ったが、鳴はそもそもそういう気を回すという発想すら起きないらしい。


いずれにしろ広い店内全体を見渡して管理する業務は、小さい頭には荷が重すぎるようだった。




原田にしてみれば、鳴に、無理して向かない仕事をしてほしいわけではなかったから、何度か店を辞めてもいいと言ってみたが、俺の居ないところで雅さんが店の女の子と一緒に居るのなんか絶対やだ!という猛反発にあって、結局そのままになっていた。



そうして何ヶ月かすぎて、確か10月も終わりに差し掛かった頃だったと思う。




「えーと、今日はぁ、ハロウィンイベントの企画についての会議でーす…ねっみい…」

「吉沢先輩…いえマネージャー、もうちょっとやる気だしませんか…」



月何度か、店のスタッフが早めに出勤して会議をする。

定例で売り上げや課題について報告しあう会議もあるが、今回は毎月何かしら行うイベントについての会議だった。7月は七夕、8月は浴衣デー、特に何も月のイベントがない時はコスプレデーなどを設けて、キャストが客を呼ぶ口実にする。
10月のイベントはハロウィンだった。




「ハロウィンってえと仮装パーティーなワケだけどよ…単純に仮装っていうとさあ、コスプレデーと変わらなくね?」

「そうですね…ですから、俺としては『ハロウィン』の曲をBGMにするっていう案でいきたいと思います。もちろん大音量で」

「アホか樹!こんないっつもジャズとかクラシック流してる店内でヘヴィメタルなんかかけれっか!!」

「冗談です」

「えー冗談なの?俺それいいと思ったんだけど」

「…鳴、ちゃんと考えて発言しろ…うるさくて話せねえよ…」

「ま、とりあえず、キッチンの俺は限定メニューでも考案した方がよさそうだな」


普段の雑談と変わらず会議が進んだが、珍しく肝心のイベントの骨子がなかなか決まらなかった。




「じゃー女の子みんなカボチャのかぶりもの!」

「鳴さん、それじゃお客さんは来ないと思いますよ…」

「魔女っ子コスはどうですか」

「…ああ、悪くはねえんだが…制服みたいに統一しちまうと似合うやつと似合わねえやつが居るし…」

「俺はぜったい似合うねー!」

「お前が似合ってどうすんだ、アホ」


と、言ったところだった。


「あ、それでどうですか、雅さん」

「どうした、白河」

「いえ、こういうイベントって店挙げてやるもんでしょ、ですから男子スタッフの方がコスプレするのもありじゃないですか」

「お、それいいな、採用!」

「確かに、俺らがいつもの姿だと、なんか雰囲気でないもんね」

「…え、と、白河先輩、そのコスプレってあの、ドンキとかで売ってる着ぐるみとかですよね…」

盛り上がる先輩たちの中、ちょっと不安になった樹が言った。


「何言ってんの、樹。そもそも普段と違うことしようってやるイベントなんだから、フツーのコスプレでいいわけないだろ」

「…と、言いますと…」

「ふん、そこの白ネズミが言ったろ、似合うヤツが魔女ッ子になればいい」

「…おい白河…まさか俺たちに魔女ッ子コス…」

「……聞いてなかったんですか、雅さん…似合うヤツって、言ったでしょ…」

「え、なになに?俺魔女ッ子コスしたいしたーい!」

「うん、鳴は似合うと思う」



…この人、鳴さんの魔女っ子コス見たいだけじゃないのか…そう思ったけど、実はあんまり自分も異論がないことに気付いて、樹は何も言わなかった。

「ついでですから、イベントですし、そのまま席に着いてみたらいいんじゃないですか」

さっきのBGM同様却下されるだろうと思って、ぽつりと言ってみる。



「あ、面白そう、それ!やりたいやりたいやりたい」

「お前が席について嫌な顔する客がいたら、出禁(※出入り禁止の略)にしてやるよ」



「だよね白河……あ、そーだ、白河もやってよ」




「何」

「え、だからさ、俺可愛い服着たいけど、どーすればいいのかよくわかんないし、一緒に席ついてよ」

「…それってつまり、俺もお前と一緒に女装して席付けってこと?」

「うん!」




急転直下。
実は、鳴の女装話に流れが変わった頃から他の男子スタッフもうっすら提案したかったことを、さすがの王様がさらりと言い放つ。



プライドの塊のような白河は、他のどんなイベントでも基本的に裏方に徹するばかりで一緒にコスプレをしてバカ騒ぎするようなことはない。
完璧主義者の彼がイベントを成功させるのに一心不乱だということもあったのだろうけど、単純に羞恥心もあるのだろうなとみんな思っていた。




「よく考えたらスタッフの中で俺だけキャバ嬢って、変じゃん?どうせ仮装イベントなんだし、似合う人がやるんだったら白河も適任じゃんか」


「…あのね、俺はそーいうことは、」


「白河なら接客も完璧にできそうじゃん?…そーいうのって、他の女の子にも参考んなるんじゃないの?」


「…」


つねづね、店のレベルはキャストの接客レベルで決まる、と考えている白河にとって、鳴の発言はかなりの後押しになったらしい。


「ふん、ま、お前がどーしても!っていうならやってやらないことも…」

「やってやって!どーしてもやって欲しい!」

「…べつに、お前のためにやってやるわけじゃ、」

「ありがと白河、だいすき!!」



お約束のテンプレートを活用する前にことごとく遮られた白河は、苦々しく顔をゆがめたが、すぐに元に戻った。




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あれ、おかしい、これで終わるはずだったのに。
もうちょっと続きます。


10.02.14







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