夜がきれいだ。 それが、稲実に来てからカルロスが最初に感動したことだった。 来たのがまだ寒さの残る季節だったせいもあるだろうが、切るような冷たい空気に身を浸して自主練をしているとき、ふと顔を上げたら満天の星空に、くっきりと輪郭のわかる白い月が浮いていた。 いつも、ほんの一息つくつもりで顔を上げるのに、そのせいでしばらく立ち尽くして見取れてしまう。 校舎のある街中は別として、寮とグラウンドのある場所は、やたら空気が澄んでて、空が広い。 それは別に昼間だって変わらないけど、違いを実感するのは夜なのだ。 夜になれば使いふるされた空気が充満して、空にもその澱みがかかる街中と違って、ここの空気は綺麗なままだ。 座り込みたくなる体を叱り付けて、素振りを続ける。まだ今日のノルマは終わっていない。 限界まで続けないと。全部出してしまいたい。 そうして体がからっぽになった自分を充たすのは、星や月にろ過されたようにきれいな夜の空気のはずだから。 そんなわけないのに、そうなって欲しいと切実に、本気で思っている自分を見つけて、カルロスはちょっと呆れた。 そこまでガキじゃないだろう。体の中に新鮮な空気が入ってくりゃ気持ちはいい。でも、それだけの話だよ。 それで、自分の何かが変わるなんて、そんなこと、そもそもなんで望んでる? それで変われたとして、俺はどうするつもりなんだ。 昼間の光景が頭を過ぎる。 場所は変わっても、友達に囲まれて笑う姿がちっとも変わってなかった。 逆に1年会ってないだけなのに、顔も、体も、ずっと大人っぽくなっている。 前はよく、はしゃいだついでに抱っこしてくれたけど、今なら自分のことなんて片手で軽々抱えられるんじゃないだろうか。 でも、もうそんな機会もない。 ここで普通に野球をやって、もちろん捕るつもりのレギュラーの座に座ったら、その時に困らないくらいの付き合いはできるだろう。つまり、チームメイト同士として最低限、チームに迷惑をかけないくらいの関係。 それだけだ。 誰よりも近くにいて、何もかもを一緒に感じていたような関係に、戻れるわけがない。 戻れるわけがないのに、ここでひたすら素振りをする時、夜の空気に意味を持たせてみたりする。 その無為な行動の意味、言い換えると原動力がなんなのかは、考えたくない。 はやく、もっと、鋭く、的確に、無駄なく。 スイングにひたすら集中する。させようとする。 そうすればこの無意味な感傷も、どっかに吹っ飛んでくよ。 入ったばかりの1年生は無理な自主練が禁じられている。体の出来ていないうちに、自主練のしすぎで練習に出られなくなったり、出ても集中出来ずに怪我をしたりしたら本末転倒だからだ。 明日はどやされるかもなあ。 そんな考えがふわと頭を過ぎるのと、がくっと膝が落ちるのが一緒だった。少し遅れて、何か金属が転がる音が聞こえる。 目を開けたら、やっぱり満天の星空が見えた。 結局、もうそれ以上動けなくてへたりこんだ時、夜気に身を浸しながら、カルロスは自分が泣いていることに気が付いた。 夜をかける ‐‐‐‐‐‐‐‐‐ カルロス視点。 ところで、そろそろ吉カルは絡んで欲しいです(※個人的に) 2011.0104 |