「いい加減にさあ、告っちゃえばいーのに」




ふいに隣から耳慣れた声が聞こえて、カルロスは肩がびくりと跳ねるのを感じた。

「…そういや、ボウヤ、休み時間雅さんとこ行かねえの?」

目だけそちらに向けて、表面上はいつもと変わらないけだるそうな顔と声で、いつもと同じような呼びかけをしてみたけど、それがあくまで表面上であることなんか、小さなエースはとっくにお見通し。

鼻白んだ表情で、つーんと見下した目をむけてくる。


いつも思うけど、こんなちっこいくせにどうして人を見下ろそうと思うんだ?拳一つ分大きい自分相手に見下す表情作ったって、結局は見上げるハメになるのに。



毎度のことながらそのミスマッチがおかしくて、同時に可愛くて、カルロスは気づくと苦笑いの顔になって、そのまま鳴の頭をぽふぽふ撫でてやった。思ったとおり、ぶすくれた顔は変わらないままだけど。


「ごまかすな」

「…べつに、なんもごまかしてねえよ」

言いながら、窓の外に視線を戻す。




外には、吉沢が居た。



2年生のクラスが体育の授業で校庭に出ているのだけど、カルロスは吉沢しか見ていなかった。


そもそも、見ている意識はない。

たまたま目に入った。



で、学年で着てるジャージ珍しいな、とか、翼くんとはクラス一緒なんだな、とか思ったはずだったが、気付いたら、自分の知っている「ヒデくん」の姿を追っかけていた。




やっぱり背高いよなあ、シニアでも同学年じゃ一番高かったし、ガタイはあの頃よりもずっと良くなってるよね。あの頃だって、俺から見たらスゲーたくましいお兄ちゃんだったけど。ああやって、仲間とふざけてるとこ全然変わんねえや。やっぱり友達多いんだなあ。野球部以外の友達も多いんだね。あ、なんか怒鳴ってる。からかわれるとすぐムキになんだよねえ、あと、勝負事。

変わんねえ、ホント。




そのまま、鳴に話しかけられるまで、何を見ているのかなんて、忘れていた。


ショックだったのは、不意にかけられた刺すような言葉より、時間を忘れる程吉沢のことを見ていた自分だ。


離れたのは自分。

絶対行かないと密かに決めていた稲実に結局入ることになった時、あれほどもう関係のないことだと自分に言い聞かせたのに。



でも。いくら特別な才能と絆で結ばれた友人の誘いとはいえ、稲実へ来ると決めたのは自分自身で、それ自体が未練の顕れじゃないか、とも思う。

こうやって気付いたら逐一目で追ってしまっているのも、変わらない顔を見て、あるいは知らない顔を見つけて泣きたいような気持ちになるのも、結局自分には分かっていたことだったんじゃないか…?




「だからいい加減告れってば!」

「いへっ!」

むいっと頬を抓って、再びアンニュイな雰囲気に浸りそうなカルロスを文字どおり引っ張り上げると、鳴はもう一度言った。

「好きなんだろ、好きって言いなよ、ちゃんと」

そう言う鳴の顔はなぜか懇願しているようで、カルロスは苦手だった。鳴が泣きそうな顔しなくたっていいのに。



「…いいんだって、言わなくて。俺は、こうやって見てるぐらいでちょうどいいんだよね」


何気ない風を装って言ったけど、鳴が納得した様子はない。


また眉間にシワをよせて、でもさっきよりも哀しそうにしかめっつらを作っている。


そりゃそうだろうな、とカルロスは思う。

鳴は今好きで好きで、本当に好きでしょうがない相手を、手に入れたくて必死だ。



百戦錬磨天下無双の鳴ならば即刻陥落させるだろうなという周囲の予想を裏切って、その相手…原田雅功はある意味見た目どおり難攻不落の城塞だった。


理由は雅さんが天然記念物級の鈍感なのと絶滅危惧種じゃないかと思う程のカタブツだからなんだけど、どれだけ鳴が態度で言葉で示しても、全くなびく様子がない。


つれないわけでも冷たくあしらわれるわけでもないのだが、要は正しく伝わってないのだと思う。


ただ、カルロスは、さすがに原田も薄々気付いてきてるんじゃないかと思っていた。それでいて、無駄に分厚い理性と常識の壁が、気付いてしまうのを拒んでいる。そんな気がする。人の表情の変化には聡い方だ。


しかし、同じく聡いはずの鳴は、こういった原田の変化には気付いていないようで、伝わらない気持ちを持て余してキリキリと胸を痛めている。


じゃあさ、ヨシさんがお前じゃない別の誰かと付き合ってもいいの。他の人のものになっちゃってもいいの。自分に見せてくれない顔が、あってもいいの。お前の気持ちは、どうなるんだよ。


そう訴える言葉は、カルロスのことよりも鳴自身の切実さを物語っているように聞こえて、カルロスは黙って鳴の頭を撫でてやった。

見てるだけでいいなんて言葉、このボウヤには存在しないに違いない。


「ちがうってば!」


鳴がいきなりぐいっと手首を引き離したので、一瞬面食らった。

「確かにさ、俺は雅さんのこと好きだし!いつ振り向いてくれんのか、もー我慢できないし!早く、絶対手に入れたいし!他の誰かのものになんのなんか、絶対やだし!でも、」

そうじゃないんだよ。そこじゃなくてさ、そう言って鳴は、手首を離して代わりにぎゅうと、カルロスの手を握った。


「…お前はさ!こんなふうに、俺たちにはすっごい優しいのに、なんで自分にはちっとも優しくできないんだよ!」


好きなら好きって言えばいいじゃん、そんな顔して、見てるだけでいいなんて、誰が信じる?

「お前、いつだってヨシさんのこと見てる時は、諦めてるみたいな顔してるくせに、絶対一瞬、泣きそうな顔するんだよ」


鳴のまっすぐな言葉は、ある時から自分自身を含めた物事を外側から、あるいは斜めから見るように心がけてきたカルロスを、熱の中に引きずり込もうとする。

沸き上がりそうになる内面の熱を必死に抑えながら、カルロスはようやく言った。


「…まえ、付き合ってたこと、あんだよ、あの人と」


シニア、同じって、言ったろ?

鳴の目が湛えた熱に堪えられなくて、カルロスは目を合わせないようにして続けた。


「で、俺から別れた。向こうが進学するとき、一方的に。連絡も、全部断っちゃって。だから、」


本当は稲実に、来るつもりなかったんだ。

その一言はどうにか飲み込んで。

「…だから、いまさらそんな都合いいこと、したくない」


どうにか絞り出すようにして、言い終えた。全部本当のことだったし、そうした理由は、鳴や白河ならあるいはもう知っているかもしれないし、知らなくてもそのうち話すことになるだろう。でも、今は言うつもりはなかった。



そうして目を伏せたままでいたら、鳴がすいと視界に入ってきて、言った。



笑っていた。


野球の才能だとか、エースの資質だとか、そういうもの以前に、鳴には人を魅了する何かがある。それが何だかはわからないけど、何も含むところのない綺麗な笑顔は、その証だと思う。



「いいじゃん言えば。何度でも、好きだって。前がどうでも、今好きなのはホントじゃんか」



笑顔と同じまっすぐな言葉に救われたような気がしたのも一瞬で、ほんとうは自分が絶望しているのだと気づくのに、そんなに時間はかからなかった。










title by 確かに恋だった





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珍しく歯切れのわるい話。
これだけだとバッドエンドですね。

あ、鳴ちゃんとカルロスが拳1個分しか変わらないのは、1年生の時の話だからです。トリオの2年前って、あんま身長差ない。

カルロスが可哀相な話、過去捏造編、みたいな(なんだそれ)


ちゃんと吉カルと雅鳴がくっつくまで書こうかどうしよーか悩むなあ〜…

2010.1020



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