もーもたろさん、ももたろさん、お腰に付けたきび団子。
「ひとつ、私に下さいな」
上手くも下手でもない(と思っている)歌を歌いながら天草に手を差し出せば、彼は素直に手に持っていた碗を差し出した。
「おひとつだけですよ」
今度のレイシフト先は鬼が島だ!と決まってからというもの、準備と称して弓兵のエミヤが作ってくれているとても美味しいお団子だ。お月見騒動の時のお団子に勝るとも劣らないそれは今カルデアの中で小さなブームとなっている。
しかし、あまりに皆が「美味しい!」「美味しい!」とできたそばから食べてしまうので、これでは意味がないと怒ったエミヤが作った団子はレイシフト先に着くまでは特定のサーヴァントの管理下に置かせてもらうと強硬手段をとったのだ。
そのエミヤが選んだ(恐らく彼的に)信用のおけるサーヴァントが、ロビンフッド、ジャンヌダルク、そしてこの天草四朗だった。
その他の聖人様方や、騎士王等にも白羽の矢が向かうかと思われたが「信用も信頼もしているがこの件に関しては彼らがより最適だ」と言い切ったエミヤのもくろみ通り、それ以降美味しいお団子の消費はガクリと減った。
そう、”減った”。
「ひとつ、私に、くださいな」
今度は廊下で待ち伏せしていたナーサリー・ライムと一緒に手を差し出せば小さな少女へと目線を合わせるようにしゃがみ「どうぞ」と抱えていたボウルを差し出す。
嬉しそうに団子を頬張る少女を目を細めて眺めながら、差し出された俺の手も無視することなく。
「おひとつだけですよ」
と、まだまだ沢山の団子が入ったボウルを傾ける。
そしてそこから言葉通り一つだけをつまみ口に放る。うん、やっぱり美味しい。
「ひとつ、わ、わたしに、くださいな…?」
お次は食堂の椅子に座っていたアステリオスと一緒に、慣れない歌をたどたどしく歌いながら差し出された大きな掌に、やはり天草は怒る事もなく「どうぞ」と杯に入った団子を掲げる。
「おひとつだけですよ」
「おひとつ…」
「一個だけ、です」
「いっぱいある、いっぱい食べると、ぼく、嬉しい、幸せ」
大きな身体には小さな団子ひとつでは足りないのだろう、アステリオスは純粋な疑問を天草にぶつけるが、彼は首を振って優しい怪物の手をやんわりと止めた。
「欲張っては良い子になれませんよ」
「…!ぼく、食べない!がまんする」
「はい、それでよろしい」
それでは、と今度はこちらへ振り向いた天草はにこりと笑い杯をこちらへと傾けた。
「マスターも、おひとつだけですよ」
ひとつを噛みしめて「おいしい!」と喜ぶアステリオスの下で、自分もまたひとつだけ団子をつまみぱくりとひとくち。
うん、美味しい。
三人のサーヴァントのおかげで団子の消費はガクリと減ったが、100%無くならないことはない。
「ひとつ、私にくださいな」
「おひとつだけですよ」
歌って手を差し出せば、…いやきっと歌わなくたって誰かが手を差し出す限り彼は「ひとつだけ」その手に望むものをくれる。
ひとつだけ、ひとつだけ、ひとつだけ、を際限なく。
きっとこんな横着をしているのはマスターである自分だけだろうけれど。
まるで小さな聖杯だと笑えば、彼もそうならばよかったのにと喉の奥でくつくつと笑う。
ひとつだけ、ひとつだけ、ひとつだけ、けれど「もうひとつ」は望まない。
唯一つを際限なく望む聖人は、今日も。
「ひとつ、私に下さいな」
それで、味方が増えればなんて夢にも思わずにその手中を惜しげもなく。
「おひとつだけですよ」