天高く届くその全てが
空まで届くのは無いかと思うくらい清々しく、気持ちよさそうに歌う幼馴染を横目に見ながら新は今日が晴れて本当に良かったと思った。
グループでの仕事が多かった最近では珍しい葵と二人での小さな野外ライブのゲストが決まった時は、もしかしたら雨かもしれないと言われていたのだが、そんな情報が嘘のように今日はからりとした晴天で、ステージの上も下も大盛況だ。
室内でも、もちろん雨だっていつも通りのパフォーマンスを見せようとお互いに思ってはいるが、それでもせっかくの野外なのだから、どうせなら青空の元で歌いたかったのはきっと新だけではなかったはずだ。
突き抜けんばかりの青い空、どこまでだって届くんじゃないかと思わせる高らかな歌声、向けられた熱量に負けじと返される熱をおびた視線、それにこたえるファンの人たち、その横で今日という日の素晴らしさを謳歌する自分、そしてどこからやってきたのかもうすっかり緑一色なってしまった桜からふわりと舞ってきた一枚の桃色の花弁に、新はつられるようにふわりと頬を綻ばせた。


「新、今日はすごく楽しそうだったね」

朝から詰まっていた仕事が全て終わり、大学の講義もお互いに入っていなかったこともあり空がオレンジに染まる時間には新も葵も寮の共有スペースでのんびりとだらだらに勤しむことができた。

「そうか?」
「そうだよー、新が楽しそうだったから俺も楽しくなっちゃってね」

はは、と含みもなくただ嬉しそうに笑う幼馴染が珍しく新と同じようにだらだらしているのは、何を隠そう本日19歳の誕生日を迎えた自分の命令だからである。
真面目なこの幼馴染はなにか理由をつけないと怠けたりだらけたりといったことをしようとしないから、まぁ…それは葵の良いところであるし、そんな葵だからこそ自分と一緒にいてバランスが取れるのだろうとは思っているが、たまには新と一緒にだらだらしても罰は当たらないと思うのだ。
だから、帰って早々にお気に入りのソファに引っ張り込んで、誕生日権限で二人でだらけているという訳だ。

「俺からすれば、葵の方が楽しそうだった」
「そう?」
「そうだぞー」

すっかり春になったこの時期では、夕方でも十分に暖かく僅かに入ってくる日差しも暖かで、隣にいるのが葵なことも合わさり自分でも分かる程、頭の中がふわふわとどこか夢心地だ。
特別な日だからとか、そんなことじゃなくて。…いや、朝から様々な人に言われた「おめでとう」に浮かれていないと言えば嘘になるが、今はそんなことじゃなくて。

「葵は歌ってるとき、楽しそうだなって、俺は思う」

青空の下で、きらきらの金の髪と透き通る青い瞳を持った王子様が、俺の横で楽しそうにその声を響かせる姿が瞼を閉じれば蘇る。

「そう…かな。歌うのは好きだし、今日は天気も良かったし」

うん、楽しかったかな。とはにかむその顔だって目を閉じていても分かる。
そんな葵が楽しそうだったから、きっと俺も楽しかった。一人でだってどんなことだって楽しくしてやろうとは思うけれど、葵が横にいれば楽しいのが当たり前になる。
ずっと昔からそうだ、言葉にしてしまえば「そんなことないよ」と謙虚な王子様は否定してくるだろうから言ってなんてやらないけれど。
新の中ではいつだって、どんなときだって、葵は少しだけ特別だ。今じゃグラビの皆もプロセラのメンバーも特別だけど、葵だけはちょっと違う、少しだけ特別なのだ。

「葵の歌は俺も好きだから、テンション上がったし」

だから、その声が

「葵が楽しそうだから、楽しかったし」

その表情が

「葵が祝ってくれたから、嬉しかった」

その感情の全てが、自分に向いていたのなら、きっとそれはとてもとても幸せなことではないかと思うのだ。
そう、例えば今みたいに二人しかいない共有ルームで、誰にも聞かれない声量で、お互いの肩に持たれて、互いの為だけに言葉を紡ぐこの瞬間がなによりも幸せだと、そう思えてしまうくらいお手軽なのが自分なのだ。
そんな、ふわふわと暖かな微睡に揺れる新の髪にさらりと葵の指が通されては離れ、またすぐ溶かす溶かすようにすくう。

「新、甘えてるの?」
「甘やかしてくれるだろ?」
「あはは、お望みをどうぞ?王子様?」

一定のリズムでさらり、さらりと髪に触れるその指が心地よくて、夢の中に落ちていくのもそれほど時間はかからないだろうなと思いながら、それでも朝からずっと欲しかったものを新はやっと手に入れることが出来るのだと微笑んだ。

突き抜けんばかりの青い空、どこまでだって届くんじゃないかと思わせる高らかな歌声、向けられた熱量に負けじと返される熱をおびた視線、それらすべてが、自分だけに向かってくれたらきっとそれはすごくすごく、幸せなことだと。

「歌って、葵」

そう、思うのだ。


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