その言葉を最初に言われた瞬間から俺の負けは決まっていたのかもしれない。
なにせ、それからの毎日はずっとその言葉が頭をぐるぐる回ってどんなときでもその顔だとか表情だとか声だとかが思い浮かんで、そんな自分に気づいて必死に思考を変えようとするのに頭に流れるのは、決まってあの魔法のような言葉だけで。
そう、きっとあれは怪しい呪術の類いだったに違いないのだ。今までなんでもなかった、ただの復讐対象、あるいは殺人対象、よくて気の知れすぎた知り合い、そんなやつだったのに、あの言葉を聞いた日から俺はもうあいつをまっすぐ見れない。顔が熱い、耳が熱い、胸の中がぐるぐる渦巻く。
だからと視線を離せば握られる掌から、さっきよりも熱い温度が伝わってきて思わずパシンとその手をはじく。その手をぼんやりと眺めて、しまったとその顔を見れば、ちょっと困ったみたいに「照れて、いるのか」だとか、意味がわからない。俺のちょっとだけした気配りを返せ。
「お前、最近可笑しいぞ」
「病だからな」
「…いや、待てやめろその先は聞きたくない」
言いたいことが分かるのかと驚いた体をとるその大きな体を思いきり蹴飛ばして切り刻んでやりたい。
そりゃあ不治の病だろうさ自分にさえ関係無かったらそんな病に負ける前に俺が殺してやるなんて言いたかったもんだが今のお前はもうそれで死ねとしか言えない。…いや駄目だ悪化する方が面倒だむしろ治せ。
「鬼が病なんてお笑い草もいいところだぞ、紅赤朱」
「不治の病と言うからな」
「本当にそれ以上喋るなよ、お前」
自分で言いやがった。
本当に勘弁して欲しい。何度も飽きるほど聞いたその言葉がその口から紡がれるのを聞くのもそろそろ限界なのだ。
なにが限界か、なんてそんなことを理解したくないと頭が必死にそこから論点を逸らすくらいには、きっと精神的に参ってしまっているに違いない。やはり鬼は呪いが使えたんだそうに決まっている。
やはり早く殺しておけば良かったのだ、こんな頭が痛くなるような情を持ってしまうくらいならば、自分も病にかかる前に、その呪いが浸透するより速く。
だって今ではどうだ、もうすっかり毒気を抜かれてこの有様だ。口で何を言ったって俺にはもうこの鬼を殺せない。
「どうした七夜、顔が赤いぞ」
ああこら、だからってまた手を握るな、しか、も、そんな気遣うみたいな、大事なものを扱うような、そんな声で視線で、ここどこだと思ってんだお前馬鹿かよなぁおいやめてくれよ、訳が分からないんだ。顔が熱いし体も熱い、いつのまにか唇を寄せられた手の甲はもう燃えてしまうんじゃないかと思う。
動けない、どうしてらいいかわからない。情けないことに声も出ない。「あ、」だとか「う、」とかそんな幼子のような、そんなものしか音にならずに。ぐるぐるとひたすら回転する頭の中に、ただしっかりとこいつのあの魔法の言葉が流れるのだ。
恋の病
(「おまえがすきだ」)