醒めない夢のようで
それまでの前後の会話なんて本当に普通の話で、今日の仕事中の駆のアンラッキーさを面白おかしく話したり、昨日食べたランチが美味しかったから今度一緒に行こうって言ったり、涙が作ってる新しい曲の話をしたり、何でもないいつも通りの話をしていたはずだったんだけど、ふと「ああ」と思い立ってしまえばそのことで頭がいっぱいになってしまって、そのままの勢いで郁は未だに妹の自慢話を続ける恋を手で呼び寄せて、ちょっと不満げにそれでも近づいてきてくれたその唇に口づけた。

「って!はああ!?」
「なにその反応、酷くない?」

一応恋人だよ、俺?と赤面した恋によって勢いよく剥がされた郁の肩に乗った腕をそっと下して、再度距離を詰める。
コツンと額を付き合わせれば、困惑しているのか目の前にある郁の瞳と目を合わせないように左右をきょろきょろとしている瞳が面白いし、その頬は見て分かるほど赤くなっている。
モテたいと日ごろから豪語している恋が実際はどうしようもなく初心であることも知っているし、そんな彼が自分を選んでくれたことも知っているからこの反応は本当は予想の範囲内で、実はそんなに怒ってもいなければ不満でもないのだけれど。
それでも「酷い」と言った自分の言葉を気にしてくれているのか、恋は言葉にならない擬音の様なものを吐き出しては俯いてを繰り返し、なんとか取り繕おうと必死だ。

「あのね、俺も郁のことが、なんていうかほらすっ…好意的に思っていますし?嬉しくないとかそういうんじゃないんだけどね?急にそんなことされたら恋君じゃなくってもびっくりっていうか…え?郁ってキス魔とかそんなんだったりした?俺今新しい郁の性癖を知ってしまった系?」
「なんでそうなった?」
「違う?」
「違うよ、俺は恋が好きだからキスしたいなーって思っただけだよ」
「それもどうかと恋君思うな!」

しどろもどろな恋にいつも通りの会話の応酬を続けていれば最後はやっぱり二人して顔を見合わせて笑ってしまう。恋と自分とではなかなか甘い雰囲気なんてものにはならないし、自分もまだそれでいいんじゃないかと思う。
もっと二人に余裕が出来て、たまに会える時に当たり前みたいにお互いを思いやれるようなそんな関係になれれば自然に相応しい雰囲気になるんじゃないかと思うから。

「あー、やだやだいっくんってば男前な上にトキメキ値高いんだもん」
「恋は俺にときめいたの?」
「そ、れは…まぁ、…はい」
「なんで敬語」

うるさいなぁと頬を染める恋は熱さを自覚しているのか頬に手をあて「やだやだ!」と再度郁をじろりと睨む。そんなことを言われても郁にはよく分からないし、それにそんなことを言ったら郁だって余程恋が羨ましい。

「俺は恋にときめいてるよ?いっつも」
「は?」
「テレビでも、ラジオでも、歌ってても踊ってても、話してても演じてても、恋は誰よりもキラキラしててアイドルで、あーこれがアイドルなんだなって俺思うから」
「はぁ」
「だから、そんな恋が俺の前で同じキラキラで、でも俺の恋でいてくれると、すっごいときめくかな」
「俺今褒められてる?」
「褒めてるし惚気てるつもりなんだけど?」
「恥ずかしい!」

同じような褒め言葉を涙に言えば、きっとふわりとはにかんで「ありがとう」と言うんだろうと思うし。駆に言えばきょとんとした後に笑って「照れるなぁ、でもありがと」と嬉しそうにするんじゃないかと思う。でも、一番伝えたい彼は真っ先に照れて、慌てて、喜んで、ふにゃりと笑って「こそばゆい!」と動揺を隠すようにいつも通りの言葉を選んでしまう。
そんな反応もまた、アイドルの如月恋だと思えるから、郁は嫌いじゃないのだけどでも、でもこれだけじゃ「俺の恋」じゃないから、もうひと押し

「恥ずかしいだけ?」
「うぐ…」

男前だとか成長株だとか言われているのは知っているし嬉しいけれど、今の自分はまだ可愛らしい少年としてアピールした方が色々と便利だと小狡賢くも自覚している(それに、恋がこの顔に弱いこともなんとなく分かっている)から、子犬のような目で恋の琥珀の瞳を覗けば目が有ってしまったからと逸らせなくなった顔を百面相させる恋が薄く口を開く、ここまでくればもう少し。

「嬉しい…デスヨ?」
「嬉しいだけ?」
「え…っと、俺もときめくし…それに…えー…ほら」

もぞもぞと口を動かしていたその百面相が、決意が固まったのかキリッと郁を見据える。その目はかっこいいなぁとつい言ってしまいそうになるがまた話が脱線してしまうから、ぐっと堪えた。
そんな無自覚の「如月恋」個人の決め顔はきっとまだ郁しか知らないんじゃないかと思うから。

「俺も郁が好きだし、嬉しいし、そんなに想われてるとか感動ものですし!好きだよ!」
「2回言う程好きでありがとう」
「3回でも言うよ!郁が好きだから俺だってときめくし、今だってやばい!」
「うん、知ってる」

畜生男前!と照れた顔を見られたくないのか勢いをつけて郁に抱き着いてきた恋の頭を抱えるように抱き返して、その熱を一緒に共有して、郁もついついつられて少しだけ頬の温度が上がってしまった。
だって、俺の恋人は夢の中の人みたいで、でもここで一緒に照れて喜んで好きでいてくれる、そんなかっこいい俺だけのアイドル様なのだから。


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