たったそれだけの関係

「おー新が葵さんみたいに!」
「葵さんは新さんみたいに!」
チェンジだ!入れ替わりだ!ときゃっきゃと騒ぐ漫才コンビ…恋と駆を前に、その話題に的になっている新と葵は二人して顔を見合わせた。
薄い金と茶の間のような色をした髪の新と、黒く癖のない髪の葵という、確かにいつもと全く逆の髪型だ。
勿論切ったり染めたりとしたわけではなく、次の舞台で各々が演じる役のメイク、そしてカツラである。

衣装合わせをしているところに違う仕事でたまたま通りかかった何時ものコンビが自分たちを見かけて真っ先に言った言葉が先の言葉である。
これが衣装で役柄でという先入観が強かったせいか、メイク中には全くそんなこと思いつきもしなかったが確かに言われてみれば何時もの二人を丁度入れ替えた様になっている。記念にあとで写真でも撮っておいても良いかもしれない。
何時もよりも真っ直ぐな黒い髪を弄りながら葵は騒ぐ二人の言葉にそんなところで落ちをつけて、あとで写真でも撮ろうと再度新に向き直れば、いまだに釈然としない顔の新が顎に手をあて小さく首をひねっていた。

「どうしたの新」
「…そんなに葵か?」
「その言い方もどうかと思うけど、いわれてみればそうじゃない?」
「そうか?」

再び頭をひねる新にそんなに考えることでもないんじゃないかと葵が言うよりも早く、楽しそうに話し込んでいた恋と駆がずいっと新詰め寄った。
その勢いに思わず近くにいた葵が一歩後ずさるほどだったが、とうの新は気にした風もなく変わらず考えるポーズだ。本当にどんな時でもマイペースで顔が変わっても新のまんまなんだなぁと妙に納得した。

「すっげー釈然としないけど今の新は葵さんっぽい!」
「髪とメイクだけでこんな変わるんもんなんだねー」

うんうんと全く頷く駆の前で、少しむっとした顔の新が恋の額にびしりと指を突き刺す。

「髪の色だけで葵になれるわけないだろ」
「だーかーらー!見た目だけだよ!見た目だけなら今の新は葵さんだって話!」
「そうだね、俺も見た目はともかく新にはなれないよ」

ならなくていいです!と額を抑えた恋が今度は葵に向かって食いつくように向かってくる。
流石に衣装を汚すわけにはいかないのですっと向かってきた恋を良ければ「葵さんに避けられた…!」と違うところでショックを受けてしまったようで、ごめんと直ぐに頭を撫でた。それに直ぐに機嫌を直した恋に今度は駆が「あんまり迷惑かけちゃ駄目じゃん」とその後頭部めがけてチョップを落とす。
そしてまた二人で騒ぎ始めてしまった恋と駆をどうしようかと笑っていた葵に、すっかり静かになっていた新が声をかけた。

「葵」
「なーにー新」
「もう一回呼んで」
「新?」

よく分からない会話に今度は葵が頭をひねれば、先ほどまで考え込んでいた新はすっきりしたと言わんばかりに良い笑顔で一人で頷いている。

「なに、どうしたの、お腹でも壊した?」
「違う、俺は元気だ、答えがでたからもっと元気だぞ」
「答え?」

うんうんと満足げに頷く新に騒いでいた二人もまた話をやめてこちらの話に耳を傾ける。
そんな静聴の姿勢にさらに気をよくしたのか、どこか自慢げに新は葵の名前を呼ぶ。先ほどと同じようにどうしたと返せば「な?」とよく分からない答えを出してみせた。

「変わんないだろ?」
「は?」
「俺を呼ぶのは葵だし、俺が呼ぶのも葵だ」

だから、どんなになっても変わんないだろ。と嬉しそうなその声が出した結論に、3人ともぽかんとしてしまったのは仕方がないし、いち早く正気に戻った恋が「横暴じゃん!」と新たに食ってかかるのもしょうがないことなんじゃないかと思う。
思うのだけど、その言葉を頭の中で反復して、噛みしめて、忘れないようにと刻みつけた自分もきっと新と同じなんじゃないかなぁと、隠しもせずに笑顔で葵は自分のような顔をした新の名前を、呼んだ。

「新!」
「どうした、葵」

たった、それだけの関係。


(お題「髪を切り、色をいれたけど特に深い意味はない」)


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