今夜は月が見えない
嫌だなぁ、まずそう思った。
それどころか、ぽたり、ぽたりと溢れては床を濡らす夜の涙がそろそろ床に斑点ではなく水たまりを作ってしまうのではないかと思えてしまう程の時間がたっても、ぐずぐずと顔中を汚した幼馴染を前に陽が思ったのはやはり最初と変わらずそれだけだった。
そもそも、ことの始まりはいつからだっただろうと陽は鼻をすすっている夜の背中を撫でながら意識を少し前へと戻した。

そう、別にいつも通りの日だった、仕事をして帰ってご飯を食べて共有ルームで少し皆と駄弁って、自室に戻って明日の予定を確認して、あとは風呂に入って寝るだけだとそんな時に静かなノックと共にこの幼馴染が部屋に入ってきたのだ。
何時もの穏やかな笑顔でも、呆れた様な顔でもない、困ったというか悲しいと言うかなんというか陽には上手い言葉が浮かばなかったが、きっとこれが「万感の」ってやつなんじゃないかと思うようなそんな表情を顔いっぱいに張り付けて、「陽」とこれはいつも通りに自分の名前を呼んだのだ。
その呼びかけに自分が答えるよりも早く、焦っているのか詰まりそうになりながら続いたその言葉が夜の声がなんとか聞き取れた最後の言葉だった。
「好きなんだよ」

そこから先は冒頭の通りだ。
喉からぐすぐすと声を枯らしはじめ、鼻水で鼻声になり、涙が邪魔でこちらの肩に顔をうずめてしまったせいで服の間からもごもごとして上手く聞き取れなくなってしまった言葉たちは「好きだ」「ごめんね」を繰り返すだけで、それ以上の情報は全く得られそうにない。
「陽が好きだ、ごめんね、好きなんだよ」と聞こえない言葉を集めたってそれだけで、陽の言葉も今じゃあ届かないだろうとただ黙って、落ちてしまった言葉たちをちゃんと拾いながらその背中を撫でる。
「そっか」「大丈夫か?」「いいからほら、深呼吸」「アイドル形無しじゃん」いつもと同じ陽になるようにその背中に言葉を返すがそれも夜の嗚咽に飲まれてまた「ごめんね」へと上書きされてしまうから、そっかそっかとただゆっくりと。
これはきっと夜の一世一代の大告白と言うやつだったのだろう。
思い返せば部屋に入ってきたときの顔も夜にしてみれば臨戦態勢ってやつで、怖くてしょうがないのに決めたら自分でも曲げられないから、その思いが折れてしまう前にと勢いづけて陽の所まで来たのだろう。
でもいざ言葉にしたら陽に対しての後ろめたさだとか申し訳なさでこうして泣いてしまっている訳だが。まぁなんともそれも夜らしい。こんな顔をぐしゃぐしゃにしてまで、ごめんと言い続けるくせに「好きだ」と言うのをやめないのも、これまた夜らしい。

でも、やっぱり嫌だなぁと陽は思うのだ。

ぐずりぐずりと、最初と比べたらマシになってきたその泣き声はそれでもまだ止まりそうにもなく、そろそろ明日の夜の喉が心配だなぁと思う傍ら、もっと違うところで夜がこんな風に泣いているのが嫌だと思う。
ずっと幼馴染で、横にいて、今では相棒で、友達だと思ってはいたけれど、好きと言われたその時に感じたのは嫌悪感だとかではなくて、「あぁそっかー」という程度のものだった。
その先の感情の名前を陽は上手く表現できないのだけれど、このことで夜が自分に謝って泣いているのは嫌だったし、何だか考えていたらイラッと来た。

「ごめっ…いたっ!?」

イラッときたから、陽の肩で服を汚していた夜を剥がしてその髪に隠れた額に思いきりデコピンをしてやった。
突然のことで目を白黒させて、驚きのあまり涙か引っ込んでしまったのか鳴き声をピタリと止めた夜に悪戯が成功した時のようににやりと笑う。

「なんで?えっ?痛い、陽…痛いんだけど、あっでもごめん」
「今度はなにに謝ってんの」
「服、汚しちゃったから?」
「それは、うん、本当にな?」

泣いて驚いてちょっと怒って謝って、そしてシュンと項垂れるという百面相をする夜に陽は思わず服の事なんて忘れて声を出して笑った。
さっきまでの曇り空と雨降りが嘘のようだ。

「えっ!?なんで?どうしたの陽?そんなに嫌だった?笑っちゃうほど!?」
「ちがっ!あーもう、本当、夜はこうじゃなきゃなー」
「話が全く読めないんだけど?」

顔はぐしゃぐしゃだし、服だってよれよれで、声なんて掠れてすらいるけれど。
陽の言葉に喜んで、困って怒って楽しんで笑うそんな夜の方が陽は好きだ。
夜の言ってくれた好きってやつとは形は大分違うのかもしれないけれど、さっきみたいに泣いた夜に肩を貸す関係よりも怒った夜にどつかれたり一緒になって笑う関係の方がずっと、ずっと。

「俺と夜は一緒に笑ってた方が楽しいってことじゃん?」

それが「好き」なのかは分からないけど。
そうだね、と言って笑った夜のと一緒にいることが嬉しいと言うのがそうだと言うのなら、きっと自分も。


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