膨らみのない胸板だとか、柔らかさがなく骨ばった背中だとか、矜持なのか堪えようとして時たま漏れる声だとか現在遠野志貴が組み敷いている相手は自分が情を寄せている彼女ではないといたるところで訴えてくるが、それとはまったく別の部分で、熱を溶かしたような声だったり、硬いがどこか薄っぺらな肩だったり、自分よりも少しだけ薄く白い肌だったり、なにより鏡写しのような自分と似たその顔が、身体つきが、声が、自分の記憶の中の自分のそれと重なる度にひどく倒置的な気分になり、知らぬ間に志貴の背中をぞくりと快感が走る。
自分と同じ顔を抱いて、喘がせてそんな気持ちを持つなんて思ってもいなかったし思いたくもなかったが、志貴とて健全な男子だ、気持ちいいものはしょうがない。自分で自分を煽っているようでその様にひどく情けなるが、自分が抱く相手は自分よりも落ちているようなので密かに安心していたりする。
「ん…っ」
遠野志貴と七夜志貴は性こそ違うが同じ母親から生まれた正真正銘の兄弟であり、更に言うならば双子だ。様々な事情や思惑が重なりに重なって今の性が違う双子の兄弟の二人暮らしという奇妙な関係に収まってはいるが、本来はあまり仲が良くなかったように思う。それがまぁ、可笑しな話で、なぜか志貴は七夜を抱いているし、七夜もそれを拒絶しない。
そもそも、この関係を始めたのは七夜が言い出したからだ。
二人暮らしを始めて日が浅いある日に通っているという劇団だかバイトだかから帰ってくるなり「抱け」と来た。初めは頭を疑い精神を疑ったが、それからこんこんと話し合いをし、互いの利害の一致を認めたうえで気づけばこんな廃れた関係の出来上がりだ。
志貴は彼女に無理をさせないため、未成年である自分が彼女に相応しい男になるまでの間の…聞こえは悪いが性欲処理の相手として。
七夜は一生叶わないだろう片思いを昇華させるための欲の捌け口として。
そもそも狭い部屋での男二人の共同生活、一人で処理をしているところにばったり遭遇するよりはよほど気まずくもないのではないかと揺れてしまったことがそもそもの始まりだったのかもしれないが。しかし、しかしだ、こんなことになるまで男なんて抱いたことはなかったし、勿論七夜も抱かれたことなんてなかったというのに。
「…ぁ、…っ」
「だから、口噛むくらいなら声出せばいいだろ」
この兄だか弟だかの痴態はどうにも目に悪い。
間違っても彼女に対するような情は湧かないが、少なくとも行為中くらいは優しくしてやりたいとか、もっと乱れるところがみたいだとかは思ってしまう程度には、人の心を揺さぶるものがある。
腰を進めるのを止め、噛みしめて赤くなってしまった唇をふにりと触ってほぐせばどこを見ているのか分からなかった瞳が力をもって志貴を睨む。それに構わず触れていた指を口内に入れ歯列をなぞり舌と指を絡め、ゆっくりゆっくりと蹂躙していけば開いた隙間から零れるように嬌声が漏れた。
やめろとは言わないが悦こびはしない、生理現象として喘ぐその姿に加虐心が煽られない男はいないのではないかと思う。そんな思考を七夜に持つことに始めこそ悩みはしたが、「お前が加虐的になっているときは顔で分かるからな、お前の顔が加虐心で歪む度に俺がお前を犯している気分になってなかなか気分が良いものだよ」と本人がさも楽しそうに告げたことで正直どうでも良くなった。
悩んだり、考えたりするものではないのだ、少なくとも七夜とするこの行為に意味を見出すことはもう諦めた方がどちらにとっても良い、そして好い。
散々弄ったせいか力が入らなくなったらしいその口がなにか形をつくろうとして、はくりはくりと魚のように動くが何を言うかなど分かっているので気にせずそのまま止めていた腰の動きを再開させれば途端に先ほどまで堪えていた嬌声が溢れるように落ちていく。
どうせ七夜が盛り上がったとしてもそこまで煩くなることはないのだから初めから意味のない抵抗なんてしなければ良いと思うのだが、七夜は未だによく分からない部分で意固地になるのだ。
「優しくするな」とか「恋人のように扱うな」とか、そんな志貴からしたら意味のないことばかりだ。恋人の代わりに抱けと言ったのは七夜なのに、恋人になれない人の代わりに抱けと言ったのも七夜なのに、酷く矛盾していて、どこまでも一途で、だからこそつい加虐心が湧き上がる。
「…だ、っ…からっ!」
「だから、お前もそろそろ諦めろって、アルクェイドの代わりなんだろ?」
「ちが…ぁ、違う!ち、がう!」
彼女を抱くなら優しくしたい、愛したい、相応しい姿で相応しい愛し方で、気持ちよくなってもらいたい、気持ちよくなりたい、そんな感情を抱いて志貴は七夜を抱く。
でもきっと七夜は違う、嘘でもいい責められても良い目を合わせてくれなくても良い、それでも、もし叶うなら、熱が欲しい、抱いてほしい、終わったら捨ておいてくれればいい、そんな気持ちで志貴に抱かれる。
どうしたって感情面で相容れないのだから、もう諦めてしまえばいいのだ、譲るなり、やめるなり。
しかしそれすらできずに癇癪をおこしたかのように「違う違う」と言い続けるその姿は哀れを通り越して美しくすら思える。
同じ顔と似た様な声でも欲は止まらず、その体に指を這わせナカを更に進めば白い喉元がびくりと震え弓なりにさらけ出される、その様も妖しく、どこまでも甘美だ。
彼女を愛する気持ちで、自分を犯す感覚で、兄弟に落ちる、どこに落ちても快楽しかないこの関係がいつまで続くのなど知らないが、もう少しだけ続くのならばこの同じ顔の男が少しでも自分と同じ快楽に溺れることが出来るようになればと、志貴は思う。
誰かに愛されるように、自分に犯されればいいと、そう、もうどこかズレてきてしまった頭で考えながら志貴は欲をその身体にただ満たした。