約束と忠義と親愛を
真っ暗な部屋に赤い絨毯、そしてその赤とはまた違う赤が散らばる。その場所にはスポットライトのように淡い光が差し込み、赤の持ち主と周りにいるものたちをぼんやりと反射していた。
足元を強く踏めばこちらにも毛の長い絨毯の感触が伝わる。暗く、明るく、赤く、弱く、優しい、ここは彼のためのイメージだ。
硬い石の床はいけない、木を張りつめた床に真っ赤で柔らかな絨毯を敷き詰めて。
眩しすぎる光はいけない、目がくらまない程度の淡い光だけを。
苛烈すぎるもの達はいけない、彼がまた何かに焦がれてしまわないように。
甲斐甲斐しい魔道士たちの尽力あってかいつの間にか何もなくなってしまったが、彼と彼らにとっては心がもっとも落ち着くイメージがそこにはあった。

同じ場所に立ち尽くしたままのブラスターダークの横をすっと3つの影が通り過ぎる。まずはフルバウが、確かな光の灯らぬ瞳を向けて、滅多にないであろうしおらしい鳴き声で彼の手をぺろりと舐める。それが嬉しかったのか彼は床に置かれたままになっていた逆の手のひらを硬質な体にまわして撫で回す、ゆっくりと振られる尾かフルバウの機嫌の良さも物語る。
「いいこ、いいこですね」子供のように喜ぶ彼に、そっともたれ掛かるように座ったのはカロンだ。
小さな巨人族はその背に頭を預けて、夢見るように目を瞑る。常に現実しか見据えないその瞳が鮮烈な赤から目をそらすかのように。大丈夫です、貴方は大丈夫ですからと唱えるように呟かれるその声はフルバウと戯れる彼にどれほど届き響いたかは分からないが、少年は閉じてしまった世界で暗示のように、震える体が見られないように繰り返し続ける。
そんなカロンを目に収めないように、彼の前で跪いたのはブラスタージャベリンで、槍を携えない彼を果たしてそう呼んでいいのかは分からないが主の前では不要だと武器さえ捨て置いた彼は間違いなく忠義の騎士ではあった。
「ヴァンガード、どうか心を痛めませんよう」顔を合わせずにジャベリンはフルバウと戯れていた彼の手を取った。健やかでありますよう、痛みのなきよう、光があるよう、希望に照らされるよう、誓いではなく祈りのようなそれを、目を合わせて伝えることを許されないのだと彼はきっと思っている。律儀で忠実な彼らしい。
「おかしなジャベリンですねぇ、どうしたんですか?お出掛けでもするんですか?」

ねぇ、ダーク?

スポットライトから外れた暗闇の中でずっと見ていたブラスターダークに彼の声が届く。光の中から差し出されたその手を、彼らのように掴んで忠義を。

「そうです、マイヴァンガード」

誓えるのなら、きっと自分は今頃こんな場所にはいない。勇気が試されたあの時から自分は変わらず勇気なき選ばれし剣で、だからこそのブラスターダーク。光の中に足を踏み出すことすら出来ない主君を、フルバウもカロンもジャベリンもただ見つめるだけだ。それが彼らの忠義だから。
カシャリと響くマーハの鎧の擦れる音も、風のようなイーグルの羽の音も、いつもの薄ら笑いを消した暗黒魔道士の顔も、今だけはとても遠い。進めない自分と進んだ彼らとでは、たった一つの剣の重みの分の勇気が足りない。

「我らは、貴方の元から離れなければいけません」

俯いた自分が惨めだ。奈落竜の生贄のように扱ったこの青年を今はこんなにも認め、こんなにも別れが惜しいというのに。その赤を目に収めることが出来ない。光の白よりも余程自分の瞳を焼いてしまうかのようだ。

「それでも、いつか必ず戻って参ります」

きょとんと首をかしげた彼は、憑き物が落ちてしまったかのようにあどけなく幼いというのに、そんな彼を置いて離れなければいけないというのに。私は貴方で、貴方は私であったのに、こんなにも違って、それが嬉しく寂しく、悔しい。
彼の支えになろうと、奈落竜とはまた違う忠誠を誓うと決めたのに、急すぎる別れが自分の中で処理しきれずに淀んでは溜まり、動けない。

「その時は、どうか、私たちをお側に」

搾り出す声すら掠れて伝えられているかも分からない。
顔が熱い、体が浮いているかのようだ、悔しい、情けない、手甲に包まれた手をきつく握らないと自分がそこに立っているかも怪しい。それでも、言葉だけはと思うのに。
ひゅ、とついには息になってしまった声を、彼はただ拾って、頷いて、なんでもないかのように暗闇に足を伸ばす。

「その時は、僕も探しますから、一緒にまた戦いましょう」

せっかく手に入れた光を背に、こんなにも強くなったのですねと柄にもなく泣きたくなってしまった、優しく伸ばされるその手を宝物のように握り締め、忠義を誓うように額へ。

「必ず、必ず、戻って参ります」
「はい、僕も絶対見つけて見せますからね」

約束ですよ、と笑った。
貴方に正面から別れを告げるのが怖かった、貴方と永劫離れてしまうのではないかと恐れた、さっきまでの自分がどろどろと溶け出すような、主の声に。
ブラスターダークが膝を突けば、彼の背に控えたものたちも揃って膝を付き頭をたれる。

「我等、シャドウパラディン、いつでも貴方のお傍に」

彼が約束といったから、自分たちは誓おう。
どんなに離れてもかならずまた、その場所へ。



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