あの世界の正否を確かめて

*断章


 *
「そんな、ルフレさん!」
 少女の悲痛な金切り声が響く。しかし、それを掻き消すような地鳴りと咆哮が空気を揺らし、子供達は思わず耳を塞いでいた。逃げろ、と誰かが叫び、戦え、と別の誰かが叫んだ。
 混乱していたのだ。その場の誰もが、状況を受け入れられず、どうすることが正解であるかなど知り得なかった。大概の修羅場は乗り越えてきたファイターたちであったが、目の前で異形へと変貌を遂げようとする青年の姿と、それを見てこの世の終わりのような悲鳴をあげる少女の姿があまりに普段の穏やかな彼らからかけ離れていて、一歩を踏み出すのが遅れてしまったのも当然と言えよう。
「ルキナ、しっかりしなさい!」
 青年だったものへと縋り付こうとする少女の首根を掴み、黒い魔女が一喝する。魔女、ことベヨネッタはじろりとルキナを睨み、続けた。
「アナタのボーイフレンドなんだから、手綱はアナタが握っていなきゃ。それとも、私好みに調教してもいいかしら?」
 乱暴な所作とは裏腹に、軽口でルキナに普段の調子を取り戻させようという気遣いである。それに気付けないルキナではなかったが、取り繕った笑みは不自然に頬の筋肉が引きつっただけだった。
 そのあまりに悲愴な表情を見かねて、流石のベヨネッタもため息を吐くしかない。どんなに彼女が努力したところで、ルキナにとってそれほどあの異形の存在が恐ろしいものなど推察できる程度にベヨネッタは鋭い女だった。
「要するに、お仕置きして黙らせちゃえばいいんでしょう?」
 彼女にできないのなら、代わりに自分がやってやるしかない。ベヨネッタは異形へと姿を変えた仲間、ことルフレを振り返る。禍々しい見上げるほどの黒い巨躯はむくむくと質量を増しており、これが未だ本来の大きさでないことを物語っている。背中から生えた3対の翼は一刻も早く空に翔び立ちたいというように慌ただしくはためいて、同じく6つの赤い目玉はぎょろぎょろとそれぞれが己を見上げる仲間たちを油断なく捉えていた。──正気でないことはもはや疑う余地もない。
 しかし、アンブラの魔女にとってこの程度の大きさのモンスターの相手など日常茶飯事。規格外の悪魔や天使と激闘を繰り広げる彼女の目には、ルキナが姿を見ただけで怯えて竦み上がる邪竜ですらペット、もとい契約魔獣のゴモラと大差なく映って見えるのかもしれない。
「陽動は手伝います!」
 双剣を構えたピットと、フシギソウを繰り出したポケモントレーナーが隣に並んで、いいとこ取りは流石に見過ごしてはもらえないかと魔女は肩を竦める。しかし悪い気はしていなかった。久々の大物相手に『やり過ぎて』しまう心配もこれでないだろう。
「それじゃあ、任せるわよ」
 蝶の魔人の力を借りて、ふわりと空へと飛び立ったベヨネッタは、異形の死角へと移動するべく高度を上げる。それから意識を逸らすように、フシギソウのはっぱカッターが異形の腹の辺りに突き刺さり、ピットはパルテナの援護を受けた飛翔の奇跡でその視線を集めるように飛び回った。
「あの…ルフレさんのあの姿は…、……」
 徐々に落ち着きを取り戻しつつある仲間たちの姿に、ルキナ自身もようやく冷静さを取り戻しつつあった。そうして説明を求めるようにこちらを見ている他の仲間たちにはせめて伝えておかなければ、と奮い立つ。子供達を逃がそうと必死に説得を続けるフォックスの姿と、その説得を正面から断り、戦わねばならないのならその準備があるとファイティングポーズを取るトゥーンの姿に、ルキナは自身を落ち着かせるために息を吐いた。
「邪竜ギムレー」
 しかし、ルキナが言葉を続ける前に別の声が続いた。一同がその声を振り返ると、今まさに異形へと姿を変えて咆哮を上げている青年と同じ名を持つ、女の軍師が進み出た。
 彼女の名もまたルフレ。男のルフレと同じ世界で、同じ軍師の役割を担い、違う結末を辿った『平行世界』の人間だった。
「ルキナが取り乱すのも無理はありません。あれは私たちの世界を破壊し尽くした絶望と破滅の竜」
 淡々と、いっそ他人事のように言ってみせて、女のルフレは膝を付くルキナのそばに寄るとあやすようにその肩を抱いた。母が子にするように──否、平行世界で真実ルフレはルキナの母親であった──彼女の癖毛を撫で付けると、意を決したようにルフレは仲間たちを見上げた。
「お願いです、邪竜ギムレーを永遠に世界から葬り去るために手を貸してください」
 それはまさに、悪い竜を退治する、炎の紋章に纏わる物語。
 しかし──
「それって、どうやって?」
 既にやる気十分なネスが尋ねる。ベヨネッタの言うように、『お仕置き』程度で事が済むなら話は早いが、ルフレの言葉にはどうもそれ以上の含みがある。ルキナが狼狽えたように声を上げ掛けたが、それを遮ってルフレは続けた。
「無論、ギムレー…いえ、『ルフレ』を殺すのです」
 いっそ朗らかに、笑みさえ浮かべてルフレは告げる。まるでそうすることが待ち遠しいとでも言うように。思わぬ返答にネスは唇を引き結んだが、マルスが慌てて間に割って入った。
「でも、彼は…」
 その先の言葉は、背後から上がった悲鳴に呑み込まれて続けられることはなかった。ポケモントレーナーとピットが、ベヨネッタの名を呼ぶものである。一同が振り返ると、それまで有利と思われていた戦況が一変していた。異形、ことギムレーの巨体は既に先までの2倍ほどになり、そうして陽動のために飛び回っていたピットやフシギソウの攻撃は一切ギムレーの注意を引けていなかった。ギムレーの注意はただ一点、ベヨネッタのみに向いている。
「まずい、狙われているぞ」
 即座にホルスターからレイガンを抜き放ってファルコが発砲する。しかし、既に一軒家ほどの大きさになりつつあるギムレーに光線銃の効果は乏しかった。ベヨネッタも勿論ギムレーの動向には気付いており、距離を離そうと高度を上げたが、それを追うように邪竜もまた鎌首を持ち上げた。
 首を伸ばし、伸ばし、これ以上伸びないというところまで来た時、ギムレーは一際強く羽ばたいた。6枚の翼から地面に向かって突風が生み出され、近くにいたファイターは吹き飛ばされないようにするだけで精一杯である。そうして、ギムレーの巨体は浮き上がった。咆哮と共に一際大きく口を開き、開き、そして目の前をひらひらと飛ぶ小さな蝶を一口で飲み込んだ。
「べ、ベヨネッタさん!!」
 再びルキナの悲鳴が上がる。同じく仲間たちから呻き声にも似た悲鳴が上がり、それも虚しくギムレーはみるみる高度を上げて上空へと飛び去っていった。
「パルテナ様、追いましょう!飛翔の奇跡を!」
「いえ、ピット。ここはひとまず情報の整理を先にしましょう」
 仲間が食われてしまった…とはいえ、彼らはファイター、フィギュアの体がある限り死ぬことはない。問題は、寧ろ──
「ルフレ、ルキナ。どういうことか説明してもらえるかい」
 突如邪竜へと姿を変えた男のルフレ。そのルフレを殺せと提案する女のルフレ。
 マルスがそう促すと、彼を崇拝に近い感情で尊敬するルキナは勿論、女のルフレもそれまでの堂々とした立ち振る舞いから一転してどこかバツが悪そうな表情でくちごもった。
「それは──」
 *

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