夢を見たことはありますか?

もし、この質問にいいえ、と答えた人がいるのなら、そのひとは大嘘つきかもしれませんね。ええ、夢ですよ。レム睡眠だかノンレム睡眠だかの、あれ。

夢の中は、とても不思議で、現実じゃあり得なくて、夢の中でだけつじつまが合う不自然で不可思議な世界。
わたしは幼いころから、よく夢を見る子供だったんですよ。
ああ、今もですね。
ええ、わたしはいま、夢を見ています。
だってそうじゃなくちゃ、説明できませんもの。わたしはいまベットの中にいるはずで、図書館にいるはずがないし、わたしはこんな女の子にあったことはありませんので。ねえ?

「こんにちは。ああ、あなたからするとこんばんは、かしら。」

美しいひとです。灰色が買った深い藍色の髪と眼。色白の肌、細くて折れそうな手足。服装は、…ゴシックロリィタというのでしょうか。
黒いレースがとてもお似合いです。にこやかに微笑する唇は形も色素も薄く、大きくはないけれど、印象的な目元。
極端に美人というわけでもない、普通の顔立ちですけれど、とても美しいひとです。

「こんばんは、お名前をおたずねしても?」

こんばんは、と挨拶を返して、わたしもにこり、と笑いました。夢の中での時間は真昼時です。
夢の中だからでしょうか、人見知りとはいかないものの、初対面のひとと、あまりお話しできないのに、すんなり名前を聞いてしまいました。失礼でないといいのですが。

「ええ、いいわよ。あたしの名前は、ノワールというの。」

ノワール。なんて素敵な名前でしょう。ノワール、さん。素敵な響きです。わたしの名前に比べたら、宝石と石ころほどの差があります。
わたしも急いで名前を名乗りましょう。

「ノワールさん、ですか。素敵なお名前ですね、わたしの名前は、」

そこまで言おうとしてノワールさんは、私の言葉を遮りました。

「ああ、言わなくていいのよ、あなたの名前はもう知っているわ。」

「え?」

何故でしょうか?わたしと彼女は初対面です。出会って二言一言も話しておりません。
ノワールさんはくすくす、ととても愉快そうに笑いました。
まるでわたしのお家のレースカーテンが風に揺れたような笑い方です。わたしはその笑い方にとても好感を持ちました。

「あなたの名前はアリス。」

わたしはとても驚きました。それはわたしの名前ではないからです。

「違います、わたしの名前はアリスではありません、ノワールさん。」

「いいえ、アリスでいいのよ。外での名前が違っていてもいいの。ここではあなたはア
リスなのだから。」

不思議なことを云うひとです。でもノワールさんがいうとその名前のほうが正しい気がしてきました。
やはり夢の中だからでしょうか。夢とは不思議です。そしてこの夢も不思議です。
いつもなら外側から見ているだけなのに、今は自分の意志がきちんとあります。

それにしても、ノワールさんはなんて魅力的に笑うひとなのでしょう。
とても子供じみた言い方ですが、図書館の妖精さんみたいです。夢のせいでしょうか、夢とはすごいですね。

ベットの中のわたしは、いつのまにか図書館の廊下にいて、気が付けばノワールさんが目の前にいました。まわりは古い本ばかり。

ああ、今日はなんていいお天気なんでしょうか。夢の季節はわかりませんが、とても心地がいい日差しです。ここは廊下だというのに、うとうとしてきてしまいました。寝てしまいそうです。

「ああ、アリス、目覚めちゃうのね。また、逢いにいらっしゃい、次はおいしいお菓子を用意しているわね。お休みアリス。」

ノワールさんのその声を聴いてわたしは、廊下で眠り込んでしまいました。


ぱちり、目を覚ますと、そこには綺麗なひとが立っていました。夕暮れ時です。あれ、どうしてでしょう、前後の記憶がありません。

ああ、きっとこれは夢なんですよね。だってそうじゃないと説明できませんもの。
わたしはいまベットの中にいるはずで、図書館にいるはずがないし、わたしはこんな女の子にあったことはありませんので。ねえ?


そうして少女は夢を見る。




「アリス、永遠の少女。」

ノワールと名乗った女は笑う。おかしそうに。


「かわいそうに、でも、ごめんね、あいしてるんだもの、
 離してあーげない。」

ノワールは、彼女に似合わず酷く子供っぽく言った。



そうして少女は永遠に夢を見続ける。




永遠の少女



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