「…何処にも行きません。」

だ、だって、」

「何故、わたしが逃げると思ったのですか、わたしにとって何の損もない話なのに。」

「…今までは違った、」

「わたしは、逃げた人と同じじゃないかもしれないじゃないですか。それに、何も知らないのに、逃げる意味はない。」

「本当に?」

「ええ、」

「逃げないんだね?」

「ええ。」

このような質疑応答を繰り返していると平助は諦めたように、頷いた。
そして、わたしの両手をぎゅうっ、と掴むと平助より小さいわたしの肩に、頭を押し付けて、話し出した。

「私、化け物なんだ。人から産まれた物の怪なんだ。年が十になったときに、これが生えてきたんだ。」

そういうと、平助の着物が急に膨れて、後ろから二本の狐の尾が見えた。ふわふわした其れは、わたしの腿を擽った。
いままではなかったのだから、きっと出し入れできるのだろう。

「最初は、私が悪戯でつけてる。で、誤魔化せた。仕舞う術も覚えたし。でも、」

そう云うと、今度は耳が。生えてくる様子をわたしは、少し怯えながら見た。でも、柔らかくて、きれいな其れが、忌まれるものだと、わたしには思えなかった。

「耳も生えてきて、それで、偶然生えてくるところを見られたんだ。両親に。それからは、駄目だった。私が神狐の使いということになって、神狐を産んだ我が家は権力を持ち始めた。」

「それじゃ、」

「信仰のせいだろうね。私には、よく分からない。気づいたら、両親は新しく子供を作って、怯えた目で私を見るようになった。それで、母が死んで、新しく女が来て、私は、狐だから、年に三度か四度ある祭りに、狐の姿で、信仰対象になって、それで。」

混乱のせいか何か。彼は、脈絡の無いような言葉を紡いだ。
言いたいことはわかったので、わたしは平助の頭を撫でた。愛を知らない、大きな子供の頭を、優しく。
びくり、と肩を震わせたけど、彼は抵抗しなかった。

「ほかにも、貴方みたいな人がいた、けど、みんなにげた、から。それで、だから、」

「大丈夫です。大丈夫、わたしは傍に居ます。」

「…っふぅ、…ぅああ、……っんく、ッ!」

「よしよし、よく耐えました、偉い子です、大丈夫。心配しないで。」

わたしも、寂しかったんです。
それを、告げると、彼は驚いたように、わたしを見上げた。

「目の前で大好きな家が、友が、親が、土地が。故郷が。焼けていくのを、見るしかなくて、つらくて、でも、生きて、平助に逢いました。
 平助は、あんまり、愛を知らないようだから、わたしが教えましょう。
 どっぷり、しっかり、融けるくらい愛して差し上げます。でもね、平助。」

言葉を切って、息を吸う。
暫らく使っていなかった表情を総動員させ、笑んで見せた。
上手く、笑えているといい。
できれば、母のように優しい笑顔であるといい。

「わたしは寂しがり屋だから、ずっと一緒にいてくれませんか?」



大きな子供を抱き寄せて言うと、彼は、涙を一粒流して、




きれいに、わらった


きつねのかんばせ。(下)



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