悪い夢を見た。
其れはわたしの両親が戦で、わたしをかばって死んだ夢。 夢と言うより、走馬灯に近いのだろうか。それとも、
「お早う、創は。」
疑問詞を使わないので、質問なのか会話なのかよく分からない言い方をする、その男。 助けられてから、三週間経つ。思ったよりも創が重く、男に仕事をさせてもらえない。可笑しい、と思いつつ、それを享受していた。
「お蔭様で、なんとか。あの、平助。」
平助。その男の名を知ったのはつい先日だ。名前という記号がなくても会話ができることを、わたしは知った。
「なぁに。」
「仕事が、したいです。体が鈍って、」
「まだ、駄目。」
子供みたいな言い方をする。実際、子供みたいな人だ。 この人は、多分子供のまま大きくなったのだろう。幼い瞳に過ぎる残酷さとか、わたしみたいなものにすぐ気を許しちゃうところとか。 きっと。 ほら、こうやって駄々をこねるところも、そう。
「でも、」
「駄目、駄目だよ。君が死んだら、私はどうすればいいの。」
「今迄通り生きればいいんで、」
そう云おうとする私の言葉を遮る。
「厭だ。」
「…大人しくしておきます。」
「うん、」
そう云うと、彼はにっこり笑った。 基本的に感情の起伏が少ない割りに、喜怒哀楽は判りやすい。
「じゃあ、何をしましょうか。」
「お話しよう。」
「もう、随分と話しましたけれど、」
「話したりない。」
「じゃあ、質問しても?」
「うん。いいよ。」
「どうして、この屋敷はこんなに静かなんですか、」
「…、…。」
ほんわりとした、彼の眼が鋭く細められ瞳に暗い炎が宿った。 え、聞いては不可ないの。どうして。 背筋に冷たい何かが走る。平助はゆらりと立ち上がって、わたしに覆いかぶさってきた。
「…へい、すけ。」
名前を呼ぶ。 できるだけ優しく、刺激しないように。
「…。……ぁ…ちゃう…ね。」
「え?」
小声過ぎて、聞き取れない。其れを表情に出すと、彼はもう一度聞こえる声で言った。
「君も、私から、離れちゃうんだね。」
その台詞と共に、私の頬に落ちてきた冷たい滴。 上を見上げると、平助が酷く切ない顔をして泣いていた。
きつねのかんばせ。(中)
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